第四章 審査の日
それは、翌週のことだった。
この学院長でもある大聖女セルヴィア様が実技審査の立会いに来る——という話は聞いていた。でも当日、審査室の扉を開けた瞬間、私は一歩で立ち止まった。
いつもと、雰囲気が違う。
正面のセルヴィア様の席の隣に、見慣れない人が二人、座っていた。
一人は赤銅色の髪をした若い男性——落ち着いた目をして、書類を手に持っている。もう一人は——
黒髪。
長身。
背筋が通った、隙のない佇まい。
(アルド・クレイン様……!)
心臓が、ぎゅっとなった。
もふもふさんに「憧れてる」と白状してしまったばかりの、あの人だ。
「今回の審査には、第一騎士団も同席します」
セルヴィア様が淡々と告げた。
「騎士団では専属の聖女職を設ける方向で検討が進んでいます。本日の審査結果は、その候補評価も兼ねています」
室内がざわめいた。
聖女としての学院認定だけでなく、騎士団への就職に直結する審査——。緊張感が会場を覆う中で、クローデットの頬だけがうっすらと赤かった。彼女の視線が、真っ直ぐアルド様に向かっているのを、私は見てしまった。
審査は順調に進んだ。
クローデットの番が来た時、彼女は明らかにいつもより力が入っていた。
「騎士団の聖女になるのは私。見ていてくださいアルド様」
両手を掲げ、詠唱が終わった瞬間、会場が水晶から放つ白い光で満たされた。高い天井まで届く光柱が、まばゆく輝く。大きな拍手が上がる中、彼女はちらりと、アルド様の方を見た。
そして、私の番が来た。
壇上に立って、両手を胸の前で組んだ。目を閉じて、集中する——以前もそうした。今日もそうする——。
何も起きない。光は出ない。水晶は光らない。
会場がしんと静まり返った。
「……以上、です」
声が震えた。
セルヴィア様が何かを書き留める音が、やけに大きく聞こえた。
「エルセ。一つ聞きますが、あなたは今、何かしようとしましたか」
「……はい」
「何を?」
「光魔法を……しようと」
しばらく間があった。
セルヴィア様の声が、落ち着いた調子で呼んだ。
「今の魔力では、認定基準に達していません。次回の審査でも同程度であれば、除籍勧告の対象となります。よく考えなさい」
「……はい、申し訳ございません」と言いながら頭を下げた。
壇上を降りる時、クローデットと目が合った。
彼女は何も言わなかった。ただ——哀れむような目で、私を見ている。
その目が、一番堪えた。
(やめて……)
喉の奥に詰め物をされたみたいで、息が上手くできなかった。
壇上を降りながら、後ろでクローデットの声が聞こえた。
「……まあ、よく壇上に立てるわね。アルド様の前で無様をさらしてまで」
歯を食いしばった。
(私だって……頑張りたいのに……)
「何もできないのに聖女になろうというの? 私なら恥ずかしくて……」
(でも、彼女の言うことは、当然の考えだ)
私は、何も言えずに顔を下げた。
その瞬間——視線を感じた。
正面、評価席の方から、真っ直ぐこちらに向けられた視線。顔を上げると、アルド様の黒い目が、まっすぐ私を見ていた。
感情の読めない、静かな目だった。
それなのに——その目から、どうしても逃げられなかった。
◆
その日の放課後。
裏庭に来た時、もふもふさんはもうそこにいた。
私は石段に腰を下ろして、膝を抱えた。声をかける気力もなかった。
私が来ると、ぱっと顔を上げた。短い尻尾が一度だけ揺れ、隣に来てくれた。
「今日ね、憧れのアルド様がいらっしゃてたの。すごく嬉しかった。けどね、それをかき消すくらい嫌なこともあった」
膝を抱える力が強まる。
「私……除籍、かもしれない」
言葉にすると、急に目が熱くなった。
「やっぱりダメなんだと思う。神託が間違えたのか、私の解釈が間違えたのか知らないけど。……どっちにしても、聖女じゃないなら、私には何もない。家に帰って、お父さんとお母さんに何て言えばいいんだろう。期待させてごめんって……そう言うしかないのかな」
そっと私に寄りかかってきた。
「やめてよ。慰めないで」
(私がいなくなったら、もふもふさんの心の支えがなくなる——なんて、思い上がりだよね。私がここに来るから体が楽になるなんて……そんなわけ、ない)
もふもふさんが、低く、喉を鳴らした。
「……それって、どっちの意味なの」
返事はなかった。でも肩に当たる体温が、少しも揺らがなかった。
(逃げるな、と言われてる気がする)
そう思ったら、なんとなく泣けなくなった。バカみたいだった。動物に叱られてる気がして、泣けなくなるなんて。でも——少しだけ、息ができた気がした。
「そうだね……もうちょっとだけ、試してみる」
もふもふさんの耳が、ぴくりと動いた。
「決意表明したって、何も変わらないかもしれないけど。でも、もうちょっとだけ」
喉の奥でまた何かが鳴った。今度はさっきより少しだけ、高い音だった。
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