第三章 声の中の告白
裏庭へ向かう廊下の途中で、声が聞こえた。
寮の談話室から、同期の女の子たちが賑やかに話している。聞くつもりはなかったけれど、立ち止まってしまった。
「ねえ聞いた? 今度の審査、騎士団の方が視察に来るらしいよ」
「騎士団って……もしかして、クレイン団長も来るのかな?」
「もしそうだとしたら、今から緊張する……」
「遠目に一度見たことあるんだけど、本当に別格なのよ。黒髪で背が高くて、あの目が……ね」
「分かる。冷徹な瞳、だからこそ気になる、みたいな」
「学院の外でも有名よ。王都の貴族令嬢たちだって、アルド・クレイン様に憧れていない人なんていないって話じゃない」
笑い声が談話室から溢れた。
私は廊下を、ひっそりと通り過ぎた。
(……そうよね。みんな知ってるよね)
史上最年少で第一騎士団長の座に就いた英雄。女性にも男性にも慕われ、王族からも信頼されている——それがアルド・クレインという人だ。私も遠目に一度だけ見た、あの黒髪の凛とした人。
なのになぜか、その名前を聞くたびに胸の奥がむずむずした。
◆
裏庭の石段に腰を下ろして、もふもふさんを膝に乗せる。今日は機嫌がいいらしかった。短い尻尾がぱたぱたと揺れて、丸い耳がそわそわしている。
「ねえ、一個だけ、恥ずかしいこと言っていい?」
もふもふさんが、うん、と言うように首を傾けた気がした。
「……私ね、騎士団長様に憧れてるんだ」
もふもふさんの体が、一瞬固まった気がした。
「知ってる? アルド・クレイン騎士団長。王国で一番強い人。史上最年少で第一騎士団長になったって。みんなが憧れてるの、学院の子も、王都の令嬢も、みんな。一度だけ遠目に見たことあって——すごく、格好よかった。黒髪で、背が高くて、なんか近づきがたい雰囲気があるのに、目が真剣で……」
もふもふさんはまだ動かない。さっきまで揺れていた尻尾も、ぴたりと止まっている。
「あんな人が存在するんだって、びっくりして。魔物から人を守るために最前線に立つって……なんか、私と全然違うなって思って」
私は自分の手を見た。
「私、何も守れてないしな。光魔法も使えないし、瘴気を浄化することもできない。ここにいる意味があるのかって、毎日思う。でも……」
ふと、もふもふさんのつぶらな目が、こちらをじっと見ていることに気づいた。
なんだか、その目が——すごく真剣で。
「……なんでそんな顔してるの」
もちろん答えない。でも、その眼差しがあまりにも真っ直ぐすぎて、なんとなく視線を逸らした。
「バカみたいだよね。みんなが憧れてる騎士様のことを、もふもふさんに話してるんだから」
ぽすん、と丸い体が膝に落ちてきた。重い。丸くてかわいいのに、体重はしっかりある。でも今日は、その重さが——胸の奥のどこかを、押さえてくれているみたいだった。
「……もふもふさんだけだよ。こんなこと話せるの」
低く、喉の奥で何かが鳴った。唸り声とも違う。何かを堪えているような、あるいは返事をしようとして言葉がない、そんな音に聞こえた。
(気のせいかな)
その夜、夢を見た。
真剣な目がこちらをじっと見ている夢。目が覚めても胸がどきどきして、しばらく眠れなかった。
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