第十章 卒業式と帰省
数ヶ月後。
卒業試験は、礼堂の壇上で行われた。
台の上に置かれた大型の瘴気結晶を前にして、エルセは一度だけ深呼吸した。
来賓席に、アルドがいた。
こちらを見ていた。静かな目で、まっすぐに。
(今まで通り。それだけでいい)
手のひらを向けた。収束した力を——隙間から、均一に、揺らがずに。
瘴気の霧が、少しずつ白く変わっていく。ほどけていく。
「二分四十七秒。制御を保ったまま、完全浄化を達成」
礼堂が、一拍置いて——拍手に変わった。
壇上から来賓席を見た。
アルドも拍手をしていた。その目は、何かを見届けたような色をしていた。
(合格だ。やっと、ここまで来た)
◆
卒業式は、二週間後に執り行われた。
白い式典服を着て、名前を呼ばれて一人ずつ前に出る。認定証を受け取って、礼をして戻る。簡素な式典だったが、いつもより空気が張り詰めていた。
エルセの番が来た時、礼堂にざわめきが走った。
当然だ。全員が知っているから。
「エルセ・ヴィラン見習い——否」
セルヴィア様が、一度止まった。
「聖女エルセ・ヴィラン。卒業を認定します」
「見習い」ではなく「聖女」と呼ばれた。
それが何を意味するか、礼堂にいる全員が分かっていた。
認定証を受け取る時、セルヴィア様が小さな声で言った。
「よくここまで来ましたね」
エルセは、一瞬だけ顔を上げた。
この人も、来年からはここにいない。後任に引き継いで、長年の学院長の座を退く——そう自ら申し出た。
「……ありがとうございます。先生のおかげで、続けられました」
「違います。あなたが続けたのです」
壇を降りながら、目が熱くなった。
列に戻る途中、後ろの席を通り過ぎた。
クローデットが、前を向いたまま座っていた。
停学が明け、肩身が狭くなっていた。成績トップの称号もなくなって、今日の式典では——普通の見習いとして、端の席にいた。
目が合った。
クローデットが、わずかに目を逸らした。
それだけだった。でも——以前の「哀れみ」ではなかった。何かが、ほんの少し変わっていた。
(また、いつか)
(普通に話せる日が来るといい)
礼堂を出る廊下で、エルセは少しだけ立ち止まった。窓の外に、裏庭が見えた。
あの石段が、遠くに見えた。
(あそこから、始まった)
(あそこに、もふもふさんがいた)
(もう「もふもふさん」ではなかった——アルド様がいた)
一瞬だけ目を閉じて、また歩き始めた。
◆
卒業した翌日、エルセは故郷に帰った。
王都から馬車で半日。小さな街にある、実家の玄関を叩いた。
「エルセ……!!」
扉を開けた瞬間、お母さんが飛びつくように抱きしめてきた。
「帰ってきたの、元気だった、よかった——!!」
「お母さん、苦しい」
「苦しくない。もっと抱きしめる」
「苦しいって」
お父さんが、後ろで苦笑していた。
「ただいま、お父さん」
「……おかえり、エルセ。元気そうだな」
「うん。元気だよ」
夕食の準備をしながら、エルセは少しずつ話した。
修行のこと。測定水晶のこと。大聖女用の水晶を割ってしまったこと。卒業試験のこと。
「つまり——」
お父さんが、静かに聞いていた。
「騎士団の聖女職として、入団が決まったと」
「うん。第一騎士団の、専属聖女として」
しばらく、沈黙があった。
お父さんが、目頭を押さえた。
「……よかった」
「お父さん?」
「本当に——よかった」
声が、震えていた。
あの神託の儀の日と同じ声だ、とエルセは思った。
「二年間、何も結果が出なくて……心配させちゃったかなって」
「してた。毎日、してた。でも——お前は頑張っていると信じていた」
「……うん。心配してたよ」
お母さんがエプロンで目を拭いながら、台所から顔を出した。
「私は最初から信じてたもん。神託が間違えるわけないって」
「お母さん……」
「でも、まあ、よかった。本当に、よかった。エルセが頑張ったんだね」
夕食を囲みながら、三人で話した。
学院のこと、訓練のこと、騎士団のこと。笑い話もあった。もふもふのこと——正体は言えなかったけれど、「裏庭に不思議な生き物がいて、いつも話を聞いてくれていた」とだけ言ったら、お母さんが目を輝かせた。
「かわいい! どんな生き物なの?」
「……白くて、丸いんです。ふわふわしてて」
「え~見たかった!!」
「また、会えるかも……」
(……違う姿で)
食後、縁側に出てお父さんと並んで空を見た。
「寮に入るんだろう、また」
「うん。騎士団の本部に部屋をもらえるって」
「また、遠くなるな」
「半日あれば帰ってこれるよ」
お父さんが、静かに頷いた。
「……頑張れ、エルセ」
「うん」
「お前の力で、誰かを助けてやれ」
「うん。頑張る」
「応援してるぞ」
「お父さん」
「なんだ」
「……神託の儀の時、覚えてる?」
「もちろんだ」
「あの時、誇りに思うって言ってくれたじゃない?」
「言った」
「また、言ってほしい……」
お父さんが、少しだけ驚いた顔をした。
それから、ゆっくりと頷いた。
「……誇りに思うぞ。なんせ、俺の娘だからな」
声が、あの日と同じように震えていた。
でも今日は——あの日より、ずっと重かった。
三年間の全部が、その一言に入っていた気がした。
夜風が、縁側に吹いてきた。
実家の庭は狭くて、星がよく見えた。
(また、遠くなる)
(でも——帰る場所がある)
(そして、これから行く場所にも、待っていてくれる人がいる)
それだけで、十分だった。
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