愛を超えて
翌日、早朝からスターを迎えに行くとクルーデン伯爵に抱っこされてご機嫌だった。スターもだけど、クルーデン伯爵もだ。
「やぁナナミ、ソウタ。スターは可愛いねぇ。またいつでも預かるから気軽に言ってくれ。レノックスは理想が高くてまだまだ孫の顔が見れそうにないからね」
伯爵の言葉に、レノックスが何も聞こえないような素振りで空中を見上げ、諦めたように少し笑った。
「そういえばナナミ、ペンライトに続き、何か提案したい事があるんだって?」
白々しく声をかけてきたレノックス。
思い切り話を逸らしたわね。でも仕方ない、レノックスにはいつもお世話になってるし、乗ってあげよう。
「そうなの!ハンスも呼んで会議しようと思ってる」
「じゃ僕はハンスに手紙を出してくるよ。失礼」
パタンとドアを出ていったレノックス。完璧な逃げ方である。
蒼大がスターを抱き抱え「スター、久しぶりだな」と、優しく声を掛けている。
ああ、それだけの事なのについニヤニヤしちゃう。
愛おしい旦那様が、愛する我が子をあやしているだけで心が洗われたような気持ちになるの。
微笑ましい気持ちでクルーデン家の朝食にお呼ばれしていたら、ハヤイドリで手紙を読んだハンスが、光の速さで伯爵邸にやってきた。
「ナナミ様のお呼び出しなら十分で来まーす」
などと調子のいい事を言いながら。
場所を応接室に変え、レノックスも交え商品会議。
ペンライト、幼児用ユニフォームに続き提案するのはアレ。
すっかり忘れていた重要な存在。各球団のマスコットである。各球団をモチーフに個性的なマスコットを作り、グッズを売りだすのだ。
「ナナミ様、マスコットとは?」
「各球団のイメージキャラクターよ。例えばクルーデン・ヤンキースなら、リーゼント頭のライオンとか!」
「リーゼント……ライオン……」
ハンスの瞳が金貨色に輝いた。
「それはグッズが売れそうですね!」
「でしょ!着ぐるみも作って、子供たちと触れ合えるようにするの」
着ぐるみの作成の話になってハッと気づいた。我がスターにも可愛いきぐるみを着せたいと。きぐるみじゃなくても、子供の頃しか着られないような服を着せたい……!
と、ついでにハンスに発注。
スターが半年になった頃、もこもこのくまさん耳付きカバーオールを着せて、乳母車に乗せ市場を歩くと、あまりの可愛さに人に囲まれてしまった。
「なんて可愛さなの!」
「うちの子にも着せたいわ!どこで買えるの?」
と、大評判。
子供に可愛い服を着せたい!と言う親の願いはこの世界でも共通だった。これはイケル!そう確信した私は、急いでハンスに手紙を書いた。
翌日、契約書を持って、すっ飛んで来たハンス。ちなみにレノックスも一緒だ。
「子供服、やりましょう!利益は折半でどうでしょう?」
「それで!」
かくして、私は野球連合会長でありながら、子供服メーカーの創業者にもなったのである。
赤ちゃん用きぐるみを皮切りに、折りたたみベビーカーなど。この世界にない赤ちゃん、育児用品は大ヒット商品に。
各球団のマスコット達もデビューを果たし、徐々に認知されてきている。
地面から生えてきたかの如く積み上がっていく資産。そのまま機関車開発費用に流れて行く金貨。
全ては未来のために。ちっとも惜しくはないのです——
そうして、私達が新しい未来を切り拓いている間にも、我が家の小さなスターはすくすくと育ち、確かな成長を見せてくれる。
「マ……マ」
産まれてから九ヶ月。初めて私をママと呼んでくれた。胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。
ママって、私のことだよね?初めて、私を呼んでくれた!
うわーん!嬉しい!
「蒼大……スターが、今ママって……」
「ああ、俺も聞いた。七海、良かったな」
蒼大が優しく私の肩を抱いてくれる。と思ったら、思い出したようにスマホを持ってきて録画を開始した。
いつまでバッテリーが持つかわからないけれど、充電器は初代サトウ王の遺物を元に、職人たちにリメイクして作らせた特注品だ。
「もっかい言ってもらおうぜ!ママとパパだよ」
蒼大がスマホ越しに声を掛ける。
「ママとパパですよ〜言ってみてー」
私も優しく声を掛ける。
「マンマ……パッパ……」
スターが私たちを見ながら確実に言った。
凄い、胸に込み上げる喜び。
「天才だわ!うちの子天才!」
「だよな!パパママを九ヶ月で言うのは普通なのか?!」
「わからないけど、蒼大の毎晩の読み聞かせが聞いてるのかもしれない!」
その一言に更にやる気を見せた蒼大。
「本物のオオカミさんも、通りすがりの豚さんも、皆でリスさんが被ったオオカミの毛を引っ張ります。そーれ、そーれ!……スポン!」
いつもより感情を乗せた読み聞かせに私は大満足。
スターもコロコロとベッドの上を転がっていたけど、読み聞かせが始まると私に抱っこされて大人しく聞いてくれる。
読み聞かせが終わると私はわーっと手を叩く。
「今日の読み聞かせ最高だった!」
「よっしゃ!気合い入れたからな!いいかスター、このお話は背伸びせず、自分を偽らず、そのままの自分が最高って言うお話なんだぞ!スターも自分自身で勝負する男になれよ」
小さな鼻を軽くつまむ仕草をすると、スターは「パッパ!」と嬉しそうに笑い、蒼大の大きな指を小さな手でギュッと握りしめた。
その光景を見て、私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。私にとって世界一の時間は今、このベッドの上だ。
スターがスヤスヤと眠りにつき、残っている家事をしようと立ち上がると、蒼大がいきなり私の手を引いた。
「ちょっ、蒼大!?」
「今度は七海の寝かしつけの番」
「あは!嬉しいけど、皿洗いがまだ残ってるから後にして?」
「もう皿洗いは終わってるし、朝ごはんも仕込んである」
「えっ?!いつの間に?」
「そんなもん隙を見てだ!多方面で活躍してる、頑張りすぎの俺の奥さんにゆっくりして欲しいからさ」
そう言って、蒼大が私の頭を撫でる。今に始まった事じゃないけど。
「なんでそんなに優しいの?」
「愛してるから」
当たり前のように言った『愛してる』の言葉と、前髪から覗く、色気のある瞳と優しげな微笑み。もう見慣れたはずなのに胸が熱くなって、トクントクンと早鐘を打ち始める。
ちょっと待って。こんなの、惚れ直すに決まってるじゃない!
これ以上好きになったらどうなるの?愛を超えたら一体何になるんだろう?そんなロマンティックな事を想いながら寝た翌朝。
我が家のリビングには、朝から異様な光景が広がっていた。昨夜のうちに、蒼大がハヤイドリを使って『パパ、ママ呼びされた!』と自慢の手紙を方々に送りつけていたせいだ。
「ピンクマンですよ〜」
「ハンスですー」
「レノックスお兄ちゃんだよ」
「じいじと呼んでくれたら……」
皆デレデレ顔で声を掛ける。スター本人は代わる代わる声をかけられるのが楽しいようで、とびきりの笑顔を見せている。
『自分達も名前を呼ばれたい』
ただそれだけの理由で集まった男達の、熱いバトルが今、始まる——
なんちゃって。今日も平和な一日になりそう!




