アイドル…?
「ナナミ様〜!あっという間に売り切れましたよ!スターライト!」
ハンスのとびきり浮かれた声が我が家に響いた。
スター誕生!と銘打って売り出した星型ライトは、メガホンよりも早く完売した。やはりこの世界に無かったものは興味を引くらしい。
夜の観客席で星形に光るスターライトは、想像以上に美しく、買えなかった野球、蒼大のファン達が羨ましそうに見つめていた。しかし……
「スターライトを再販してくれ!」
「発売時間は仕事で買えなかったんだ!どうしようもないだろう?!頼むから俺にも売ってくれ」
と、暴動が起こりそうなほど熱い要望が多数届いてしまった。ネットがあったら大炎上だ。
これはいかんと、既に生産が始まっていた赤と黄色のペンライトを、前倒しで発売する事に。
予想通り売れ行きは順調だったが、スターライトを望む声が止まらなかった。
アンケートをとったところ、理由は『形』だった。
応援用ペンライトは、持ち運びしやすいようにまっすぐな棒にしたけど、観客はただ光るだけではなく、先に立体のモチーフがついている物が欲しいという事だ。
な・ら・ば……と、思い付いた新形ペンライト。
まずは普通の棒タイプを安価タイプとして継続販売し、少し遅れて、要望が止まらないスターライトの限定受注販売を開始した。
ようやくスターライト炎上が落ち着いた頃、各球団をモチーフにデザインした、球団別立体ペンライト発売を発表。
この作戦が大成功を収めた。
ナイター試合の時は客席が色とりどりのペンライトの光で埋め尽くされる。
「あー!達成感ある〜!」
ペンライトの海に興奮していると、デニスにボソっと言われた。「監督業より頑張ってませんか?」
それを言われた瞬間ハッとした。
そんな風に思われていたなんて……!
て言うか、自分でも気付かぬうちにグッズ販売の方に力を入れていた。
そういえば鬼の監督と最近言われていないような。
スターが産まれてから毒気が抜けていたみたいね。これはいけないと、蒼大愛用のピンクのメガホンを取った。
「クルーデンヤンキース、勝つぞー!」
「おー!」
私はベンチから、バッターボックスのピンクマンにバスターのサインを送る。バントのフリをして、相手が前進してきた瞬間、狙い撃つ作戦だ。
ピンクマンが頷き、相手が引っかかって前進してきた瞬間、カキィィンッ!と澄んだ音を響かせた。
狙い通り、ガラ空きになった隙間を打球が綺麗に抜けていき、これでランナー一、二塁。
作戦が成功した時のこの瞬間、自分がホームランをかっ飛ばしたような最高の気分になる。
更にここで満を持して四番蒼大登場だ。盛り上がる観客席。満ちる熱気。揺れるペンライト。
バッターボックスに向かう蒼大が、私の頭をポンと撫でた。
「さすが俺の嫁。次は俺が、特大のスリーランをぶち込んで来るから。ちゃんと見てろよ」
そう言って不敵に笑う蒼大の顔は、目が眩むほどカッコよくて。私もつい、いちファンのように叫んだ。
「蒼大ーーー!」
ライトに照らされた異世界のスタジアム。客席を埋め尽くす観客の叫びが地響きのように響いている。
私はベンチから立ち上がり、喉が潰れるほど叫んでいた。
バッターボックスに立つ蒼大が、ゆっくりとバットを構える。腰を落とし、肩の力を抜いて、まるで獲物を狙う豹のように静かで、美しいフォーム。
その姿は『きっと蒼大ならやってくれる』そんな信頼感を与えてくれる。
割れんばかりの大声援の中、予告通りスタジアムの夜空に、ひときわ高く美しいアーチが描かれたのだった。
快勝——
熱狂冷めやらぬまま帰宅した私達は、久しぶりに二人きりの時間を迎えていた。
「スター、泣いてないかな?」
「心配だけどクルーデン家にはスーシーもいるし大丈夫だろ。今日は甘えさせて貰おーぜ」
いつも試合がある時は、レノックスの乳母だったスーシーが家に来てくれて、スターを見てくれていたんだけど。
伯爵が『最近ずっと大変だったから疲れただろう。スターは家で預かるから、たまには二人でゆっくりしておいで。うちにはスーシーがいるから心配する事はない』と、嬉しそうに提案してくれた。あれはずっと孫を見ていたいおじいちゃんの顔だった。
なのでこんなに静かな家は久しぶりだ。
お風呂と食事を済ませて、ソファーに腰掛けまったりモード中だが、蒼大が両手を広げて来いと合図している。
なんだろう。久しぶりに二人きりだと緊張すると言うか、心が跳ねると言うか、ニヤついちゃう。
「ハハッ!七海、顔に出てんぞ」
そう言っている蒼大の表情も、いつもと違う。少し緊張しているような笑顔。
「蒼大もね!」
二人で笑い合うと、初々しかった頃の私達に戻ったみたい。
「好きだよ」
「へへ、私も」
「あ、好きじゃなくて『愛してる』だ」
「知ってる!……私もだもの」
しっかり抱きしめあって唇を重ねる。
このまま愛し合うかと思ったけど……
「俺まだ悩んでる。マジでもう七海に二度と痛い思いをさせたくない」
二人目の事だ。優しい蒼大は悩んでいてくれたらしい。
私も、確かに想像を遥かに超えた痛みを味わった。でも。
「あのね、私には今、痛みなんか苦にもならないほどの大きな喜びがあって……痛みはすぐに忘れるけど、子供への愛は一生だって思ってる」
「七海……!俺の嫁が最高すぎて、なんつーか……ありがとう。俺への愛も一生で頼む」
「言われなくても」
ふふふと、私が少し照れ隠しで笑って答えると、蒼大は嬉しそうに目を細めた。そして次の瞬間、フワッと私の体が宙に浮いた。
「ベッド行くぞ」
軽々とお姫様抱っこされたまま、寝室へと運ばれる。
スターのクッションの囲いが端に寄せられた、広々とした特大ベッド。そこに優しく下ろされると、蒼大が私の背中側に回った。
「毎日スターを抱っこして、おまけに野球の監督までしてっから、肩も腰もバキバキだろ?」
蒼大の大きくて温かい手が、私の背中にそっと触れる。
そのまま、肩甲骨のあたりを手のひらでゆっくりと、絶妙な力加減で揉みほぐし始めた。
「蒼大も同じなのに。スターを毎日抱っこして、野球して、こうやって私の世話までしてる」
「七海の世話は俺の趣味。なんか、なんでもしてあげたい気持ちになるんだよねー」
首筋から肩、そして背中から腰へと、蒼大の手が滑るように移動していく。野球で鍛えられた温かく大きな手は、触れられているだけで安心感に包まれて……眠たくなってくる。
このままでは危険だ。久しぶりの二人きりの時間、もっと蒼大と話したいし、いちゃいちゃしたい。マッサージ寝落ちなんてしたくない!
「ありがとう蒼大、でもマッサージが気持ち良すぎてこのままじゃ寝落ちしそうだよ……」
ハッと手を止めた蒼大が私の身体の向きをかえ、慌てて覆い被さった。
「待て待て」
「ププッ、焦ってる」
「焦るさ。貴重な二人の時間だからな」
「アハハ!じゃ、マッサージはもうやめて、沢山話して、いっぱい愛し合お?」
「七海〜!」
大袈裟に私を抱きしめ、チュッ、チュッと軽いキスを繰り返してくる蒼大。
そして、真剣な顔で『とりあえず、暫く避妊するから』と宣言した。
全て私を思ってくれての事だ。
結婚しても、子供が産まれても、変わらず私を大切にしてくれる事に感謝して、ギュッと抱きしめてお礼を伝える。
「ありがとう」
「お礼を言う事じゃねーよ。俺が七海が痛がってるところを見たくねーからだし……つかさ、どっちが妊娠するか選べたらいいのにな。そしたら俺がお腹を痛めて産むのに」
お腹が出っぱった臨月の蒼大を想像してしまった。しっかり鍛え上げられた肉体のマタニティドレス姿……
「やめて〜あはははは!想像しちゃった」
「いいじゃねーか!そーだな、名前は……スターの次はアイドルか?」
「ちょっと待って?次の子供の名前はアイドルにする気?!」
「よくね?!アイドル・ド・ヤンキー!アイドルは俺が産む!」
私は心から蒼大のネーミングセンスに絶望。ハンスが名前の通り、はしゃいでアイドルグッズを作っている姿しか想像できない。
「あははー!産んでくれなくて大丈夫!私が産むから!」
「遠慮すんな」
「し・て・な・い」
「ぶはっ!」
私達らしく笑い合い、愛し合い、久しぶりの二人きりの夜は更けていったのだった——




