過保護軍団爆誕
蒼大は落ち着かないようにリビングをウロウロ。私はと言うと、のんびりソファーに座ってくつろいでいる。
「このままじゃ心配すぎんだけど。やっぱりサトウ国の話受けるか?受けたら七海に有能な部下が出来るし」
「え?断るって言ったよね?」
「言ったけど。七海が安全に子供が産める環境が一番だろ?それに教育改革とか、よくわかんねーけど、七海がやろうとしてる事はそれなりの地位にいた方が通るんじゃね?」
確かに私が公爵夫人だったらある程度押し進める事が出来ると思う。でも。
「権力で通すより、教育の大切さを理解してもらって進めたいかな。お手伝いなら雇えばいいと思うし。それにクルーデンヤンキースの皆とまだ野球したいでしょ?私もまだ皆と頑張りたい」
蒼大は何故かうるうると瞳を潤ませ、置いてあったハート型ピンクメガホンを掴み、振り出した。
「さすが俺の七海!自分の力でやろうとしてるとこがカッコいい!」
「ハハハ!何それ。私から見たら蒼大の方がカッコいいよ?いつも。毎日!」
心から思ってる。けど……妊娠が発覚してからというもの、我が旦那様の過保護っぷりが限界突破している。
喉が乾いたので、飲み物を注ぎ足そうと立ち上がる。と。
「七海! 動く時は俺を呼べって言っただろ! トイレか? 水か?」
「ちょっとお水を取りに行こうとしただけ……ひゃっ!」
ソファーから立ち上がった途端、すっ飛んできた蒼大にヒョイッとお姫様抱っこをされる。
そのまま、ハンス特製の巨大ベッドまで丁重に運ばれ、ふかふかのクッションの山の中にすっぽりと埋められる。
「俺が持ってくるから大人しく寝てろ」
「蒼大、お医者さんも『普通に生活して大丈夫』って言ってたよ? 私、病人じゃないんだから」
「ダメだ。俺の七海と俺の子供にもしなんかあったら……俺が世界を滅ぼす」
真顔でとんでもなく物騒なことを言いながら、蒼大がベッドの端に腰を下ろす。
そして、まだ全く膨らんでいない私の平らなお腹に、そっと大きな手を当てた。
「……ここに、俺と七海の愛の結晶が……」
愛おしそうに目を細め、蒼大がゆっくりと私のお腹に耳をすませる。
「まだ何にも聞こえないよ。ゴロゴロ鳴ってたら、それは私のお腹の音……」
「ハハハハ!でもなんか、すげーあったかい気がする……なんかもー、七海の全てが愛おしくて……やべぇ」
顔を上げた蒼大の琥珀色の瞳が、甘くとろけるように私を見つめていた。
そのままゆっくりと顔が近づき、おでこ、鼻先、そして唇へと、羽が触れるような優しいキスが何度も降ってくる。と、動きがピタッと止まった。
「実はさ、七海が妊娠して、初めて父さんの日記ちゃんと読んだ……なんつーか、葛藤がリアルで……俺たちの事すげー恋しがってて。多分死ぬ時まで気にかけてくれてたと思う。父さんが俺たちと長く一緒にいられなかった分、俺は産まれてくる子供を思いっきり愛してやりたいと思ってる。勿論七海の事も」
読んだんだね。内容はわからないけど……お父さんの分までって、気負わなくても蒼大はまっすぐ愛してくれると思う。
「……私も一緒に思い切り愛する!子供も、蒼大も」
広い背中に腕を回してギュッと抱きつくと、蒼大も私の体をすっぽりと包み込むように抱きしめ返してくれた。
お腹の中に新しい命があって、大好きな人が私を世界一大切にしてくれる。
幸せすぎて、ベッドから出たくなくなっちゃう。
——なんて、甘いムードに浸っていたのも束の間だった。
つわりが始まると蒼大が大パニックを起こした。
「な、七海が!い、医者を……医者を……!」
医者を呼びに行こうと、床を這って慌てている。
「ちょっと待った!これつわりだよ!ほかほかご飯の匂いにむっとしちゃって……」
「あれか、これがつわりか!マジで、全部代われるものなら代わってやりてえ!……なんか、俺にやって欲しい事とかねーの?」
「んー、ならさっぱりしたものが食べたいから……」
「寿司か!魚釣って来る!」
「なんでお寿司が出てくるのよ!トマトとかレモンとか梅干しとか!そう言うのがいい」
蒼大は頷きながら走って市場に行き、あっという間にこの世界のトマトを買って来た。キッチンに走って綺麗に切り揃え、丁寧に皮まで剥いてある。
「ほら、七海、あーん」
蒼大にアーンされる日が来るとは思いもしなかった。ほんと、大騒ぎしすぎだし、過保護だけど…… 蒼大の一生懸命が最高に嬉しい。
「ん、あーん」
口を開けると、蒼大がそっとトマトを入れてくれる。
「美味いか?」
「うん、食べられる!」
胸がぽかぽか。こんなに優しくて、こんなに愛してくれる、私の旦那様素敵すぎる。
なんて、毎日蒼大に甘やかされて過ごしていたけど、過保護なのは、蒼大だけではなかったのです。
私のお腹が目立ち始めると、過保護団体を結成したのか、大っぴらに活動し始めた。
「ナナミ様!これが我が商会の自信作、全自動足元ポカポカ靴です!妊婦さんに冷えは禁物ですからねー」
ハンスが鼻息荒く持ち込んできたのは、最新長靴型家電だった。さらにはクルーデン伯爵まで一緒になって入り浸る。
「ナナミ、これは我がクルーデン家に代々伝わる安産のお守り石だ。寝室の四隅に配置しておいた」
2人とも忙しいのに、気持ちがとてもありがたい。
「ありがとうございます!」
それだけじゃない。気づけばピンクマンとレノックスは、練習が終わるなり『ただいま〜』と家に帰って来るようになった。
「ナナミ!顔色が昨日よりワントーン明るいね!」
ピンクマンが私を気にかけると、レノックスは赤ちゃんを気に掛ける。
「やぁ、赤ちゃん。今日のキック力はどうだい?沢山蹴ったかな?」
と、優しく声を掛けるのだ。
結婚前はあんなに敬遠していたはずの蒼大も、心強いと二人を快く迎え入れ、ゲストルームに泊まらせている。
チームメンバーに胎教に良いと教えてもらったらしく、寝る前には蒼大が子守唄を歌い、サトウ国から取り寄せた絵本の読み聞かせまで始めた。
「えっとー、太陽が登るとオオカミさんが言いました……僕は本当はリスなんです……って、そんな事あるのか?」
お話に突っ込む純粋さと、えっと、とか慣れないのに一生懸命読む蒼大があまりにも可愛らしくて、ニヤニヤしながら聴いている。これは私にも、胎教にもかなり良さそう。
「七海と蒼大の良い子は眠れ〜」
と自作の子守唄を歌い、私のお腹に耳を当てて幸せそうに寝落ちする蒼大。
もう毎日心が温かくて、幸せすぎて泣きそうになる。
そして、臨月を迎え予定日が近くなると、家の中は更にカオスを極めた。
「蒼大叔父さんの初子のお祝いだ!」
と、サトウ王が国をほっぽり出して自ら馬車を飛ばしてやって来たと思えば、リビングにサトウ国最高級米の米俵を積み上げた。サトウ国のお米は美味しいのでこれはかなり嬉しい。
「ありがとうございます!早速明日おにぎりでも作りますね!」
「無理しない程度でね。それと、産まれるまで泊まらせてもらうよ」
と、リビングのソファーに深く腰掛けた。
クルーデン伯爵も「気になって夜も眠れん」と客間に泊まり込むようになった。
ハンスも勿論泊まり込み、いつ産まれるのかとソワソワ。じっとしていても落ち着かないようで、キッチンで肉巻きバットの新作を焼き始めた。
サトウ王はハンスの新作を試食し『これはまぁまあだな。隠し味に我が国の味噌を使うと良い』と味を評価している。
チームメンバーも「監督、差し入れっす!」と代わる代わる手土産を持ってやって来ては、私の体調を気遣い、蒼大と野球談義に花を咲かせて帰っていく。
「あの……全然休めないんですけど……」
口ではそう言いながらも、私の口元は緩みっぱなしだ。
世界一騒がしくて、世界一温かい仲間達。新しい命の誕生を前に皆の優しさと最強のチームワークに感謝しか感じない。
予定日前日。皆が見守る中、私はサトウ王が持ってきてくれた最高級のお米で、おにぎりを握った。
蒼大が好きな卵焼きとお味噌汁も作って皆に振る舞う。
「うおっ!七海の卵焼きやっぱ世界一美味ぇ」
「ナナミ様、これスタジアムの新作に……はむっ、いけますね」
「ふふ、ありがとう!皆遠慮しないで食べてください!」
「ありがとう」と、リビングで大の男たちがおにぎりを頬張り、蒼大も嬉しそうに私の隣で二個目のおにぎりに手を伸ばした、その時だった。
「っ、あ」
お腹の奥の方で、今までとは違う重い痛みが走った。
ピシリと私の動きが止まる。それだけで、常に私を観察している過保護な蒼大は異変に気がついた。
「七海!?どうした、痛いのか!?」
「蒼大……多分きた……かも」
その言葉に、リビングの空気が一変した。
「ハンスはお湯を!レノックスはタオルだ!あるだけ!ピンクマンは医者を連れて来てくれ!女医だぞ!」
蒼大の怒号が響く。今までワチャワチャしていた男たちが、信じられないほどの連携プレーで一瞬にして動き出した。
蒼大に抱き抱えられ、私はあっという間に寝室のベッドへ運ばれた。いきむためのタオルを渡され、握りしめた。
だんだんと痛みの間隔が短くなる。
そこからは、痛みとの壮絶な戦いだった。
「ひっ、ふーっ、ああっ……!」
「七海、代わってやれなくてごめん!マジで……」
蒼大はベッドの横に膝をつき、私の手を両手でぎゅっと握りしめた。私の痛みを代わってあげられない無力さからか、今にも泣きそうな顔で震えていた。
「蒼大、手が、潰れちゃうかも……っ」
「大丈夫、俺の腕ごと引きちぎってもいい!だから七海、頑張ってくれ……」
私のフルパワーの握力を受け止めながら、蒼大は私の汗ばんだおでこに何度もキスを落とす。
「こんな痛い思いさせてごめん!でも、頑張れ七海」
蒼大の目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちて、私の頬を濡らした。
その涙を見たら、不思議と身体の底から力が湧いてきた。私の大好きな人を、蒼大を、絶対に幸せなお父さんにしてあげるんだ。
「――んんんっ!!」
最後の力を振り絞った瞬間。
部屋の中に、高らかで、とても力強い産声が響き渡った。
「オギャアァァッ!オギャアァァッ!」
「……産まれましたよ!おめでとうございます、とても元気な男の子です!」
医者の声に、私の体からふっと力が抜ける。
「……七海」
蒼大が、ぐしゃぐしゃに泣き腫らした顔で、私の顔を覗き込んだ。
「すげぇ。俺達の子供がこの世界に産まれたよ……本当にすげぇよ。ありがとう七海」
綺麗に拭かれた小さな小さな命が、私の胸の上にそっと乗せられる。
っ……あったかい。
こんなに小さいのに、ずっしりと重みがある。これが命なんだ。私と蒼大の、愛の結晶の重さ。
ふにゃふにゃの小さな手。びっくりするほど小さな爪。
ぎゅっと閉じた目。ほんのり赤い頬。この子が私の、私達の赤ちゃん。
母親になったんだ、私。
じわりと涙があふれて止まらない。痛かったことも、苦しかったことも、一瞬で全部どこかに飛んでいってしまった。
ただただ、この小さな命が愛おしくて。
「ありがとう……七海」
感動して泣いている蒼大の手が、私と赤ちゃんの小さな手を一緒に優しく包み込んだ。
「……ありがとう。蒼大」
医者が出て行き、ドアの外からは「産まれたぞぉぉぉ!男の子だぁあ」「我がクルーデン領の新たなる希望だぁぁ!」と、ピンクマンや伯爵たちが大号泣している声が聞こえてくる。
みんなも本当にありがとう。異世界から来た私達を愛してくれて。
こうして、私達の人生に一番小さくて一番愛おしい、宝物が誕生したのだった。




