新居案内
「お久しぶりです、ハンスですー。大変お待たせしてしまいましたが、今日は……なんと!新居へお連れいたします!ご要望以外は全て任せて頂けると言う事で。このハンス、生涯に一度の仕事のつもりで最高の家を準備して参りました!早速ご案内致しますー」
わーっ!と一人でパチパチ拍手をするハンス。
今日用事があるから空けておいてくれと頼まれていたけど、お家の事だったのね。
スタジアムで発売する商品の事かと思っていた。
だって、蒼大がハンスに新居を頼んでから、気付けばあっという間に約一年半に近い月日が流れていると言う事実。
「ちょっと忘れかけてた……」
「俺も」
「なんかクルーデン伯爵もレノックスももう家族みたいになってるもんね」
「それなー」
クルーデン伯爵家も一丸となって野球の布教に尽力し、特にレノックスとはほぼ同じ時間を過ごしていた。
ハンスはまた一人パチパチと手を叩く。
「クルーデン伯爵家と絆が最高に深められましたね!狙い通りですー!と言う事で、行きましょう!お待たせした分、最高の家を……!」
ドヤ顔のハンスに案内されたのは、クルーデン伯爵家からもグラウンドからもそう遠くない場所だった。
白壁に薄い灰色の屋根、蔦が絡まる石造りの美しい建物。庭には赤い薔薇が咲いている。豪邸というよりは小さなお城のようで、一目で心が奪われた。
「うわぁ……!すごい、可愛い!お城みたい!!」
「驚きました?実はクルーデン伯爵がこの使用していなかった別邸をお二人の為にと……」
「マジ?クルーデン伯爵にお礼を言わねーと……」
私も蒼大も感謝と期待を胸に、顔を見合わせ頷き合う。
ワクワクしながら重厚な扉を開けると、そこは高い天井と、白い明かりに照らされたシャンデリアが輝くエントランスホール。洗練された優雅な空間に思わず声が出る。
「素敵……」
うっとり見回していると、蒼大がギュッと手を握って幸せそうに微笑んでくれた。
蒼大も嬉しいよね!
「まず、一階のリビングは、チーム全員が集まれるように広くとりました。こだわりはアンティーク調の長テーブルと、大理石の暖炉ですー」
リビングには、チーム全員でご飯が食べられそうな巨大なダイニングテーブルと、座り心地の良さそうな椅子が並んでいる。
「チームでの祝賀パーティや憩いの場にピッタリだね!」
「そうでしょう、そうでしょう!そして、奥には、ナナミ様のご要望通り、皆が泊まれるゲストルームを三部屋用意しました!ベッドは二段ベッドを入れてありますー」
「やったー!これでみんなで夜更かししてミーティングができるね!ゲストルームまで豪華!」
私が大はしゃぎしていると、今度はハンスが蒼大に向かってウィンクをした。
「そして地下には、ソウタ様リクエストの特別室がございます。かつてはワイン……」
「マジか! できたのか!?」
蒼大が目を輝かせ、地下へと続く石の階段を駆け下りる。後を追うと、そこは男のロマンと、野球への熱意が詰まったトレーニングルームだった。
石壁に囲まれた広い空間には、魔物の革で作られた頑丈なサンドバッグに、重い鉱石を加工した巨大なダンベル。さらに部屋の奥には、バットに防球ネットまで完備されている。
「スゲェ……要望通りだ!これなら雨の日でも、夜でも練習できる!ハンス、マジで最高だ!ありがとう」
野球少年のように目をキラキラさせて、ダンベルを持ち上げる蒼大が可愛いらしい。
再び階段を上り案内再開。
「ムフフ。個人的にこの部屋に一番気合を入れました」
と、ハンスが鼻息荒く案内してくれたのは寝室だ。
扉を開けると、大人6人は余裕で並んで寝られそうな、謎に豪華で巨大な天蓋付きベッドが鎮座していた。
オレンジ色の優しい明かりが、ベッドを照らしている。
「新婚さんということで、ベッドは奮発して天蓋付きの特注の超特大サイズにしておきました!子供達と一緒に寝れますよ!」
「ま、まだ新婚じゃねぇ!」
蒼大の顔がボンッと音を立てるレベルで真っ赤に染まった。
「ふふふ。ハンスありがとう!これなら子供達がいくら転がっても落ちないね!」
「っ……!」
顔面をこれでもかと赤くして照れている蒼大と、大はしゃぎでベッドにダイブする私。
ハンスは「いやぁ、先が楽しみですねー」と、優しい目で見守ってくれた。
一度クルーデン家に戻り、荷物を纏めお世話になったお礼を伝え……そして、夜。
「いいか、絶対、この線からこっちに入ってくんなよ。絶対だぞ!」
大きなベッドの真ん中に無造作に置かれたクッション。蒼大は寝室に入るなり境界線を作ったのだ。子供か。
「フッフッフ」
薄暗い寝室に私の含み笑いが広がる。
「ちょ七海、待ってくれ」
「完全に二人きりになれたのに?」
「だからだよ、歯止めが効かなくなるだろ」
蒼大が何か言っているけど、聞く耳は持たない。
ゴロゴロ転がりクッションでできた境界線を乗り越えて、ピタッと身体に寄り添い腕枕。
「フワ!」
「今日はフワ頂きましたー!」
「クソー!どうして俺は鬼娘が好きなんだー」
空いている方の手で自分の目をそっと覆い、しくしくと泣いたフリ。蒼大の泣いたフリもいつものパターンと化している。愛おしすぎて、口角が勝手に上がる。
「嫌?」
ちらりと覗き込むように聞くと、蒼大は覆っていた手をどけて私を見た。琥珀色の瞳が、真っ直ぐに見つめ返してくる。
「嫌なわけねぇだろ、出会った時からずっと好きだ」
「えへ、私も好き」
蒼大との攻防戦は全然ロマンティックとは程遠いけど、二人の笑い声で満たされる時間は最高にラブラブだ。
蒼大が毎日好きをくれるから、私も全部返したくなる。
ぎゅっと握られた手。指と指が絡まる恋人握りに、頬がじんわりと熱くなってニヤけるのを止められない。
「ここ最近、七海からの攻めで俺の忍耐力は極限まで鍛えられた」
「凄い!じゃあ蒼大、私をぎゅうってして?強くギュッとされたい!」
「それはちょっと我慢できる自信がないっつーか……」
「ププププ!」
「いつもいつも揶揄いやがって……」
眉を寄せて言葉を濁す横顔が、じわじわと赤くなっていく。切なそうに愚痴る蒼大もカッコいい。我慢している顔も好き。ちょっと我儘に甘えても全然怒らないし、嫌そうにもしないし。全部受け止めてくれる。
出会った時から優しいまま。
そう言えば、ずっと気になっていた事がある。聞いても良いかな。
「ねぇ、ずっと不思議だったんだけど、蒼大はなんでグレたの?口は悪いけど知れば知るほどヤンキーぽくないってずっと思ってたの」
問いかけると蒼大は溜め息を吐き困ったように頭に手を置いた。
「あー、毎日寄ってくる女子達の相手すんのがめんどくて。うぜーの一言で済むし、色々と……追い払うのに丁度よかったから」
あの有名な「あーうぜー」にはそんな理由が。モテすぎるのも大変なのね。同情するわ……
「……蒼大はヤンキーのフリしたただのイケメンだったんだね」
「ただの言うな!」
「ふふ!でも納得した!私の彼氏は世界一かっこ良くて優しいもの!口は悪いけどね」
「言葉遣いはなんか癖になっちまった感がある」
言葉遣い、出会った時より良くなってる気はするけどまだ綺麗とは言い難いし、センスがヤンキー寄りだよね。特攻服とか背中の刺繍とか。
「もしかしてさ、キスから先は結婚してからって言うのは、蒼大が更生してからって事なんじゃない?話し方とか子供に影響あるから」
「なるほど!そー言う事か!そうと分かれば結婚しよう」
「まだ治ってないじゃん」
「七海と結婚出来るなら今すぐにでも治すよ」
妙に低く、作ったように気取った声。目に力を込めすぎて、なんだかおかしい。
「なんか似合わない」
「やっぱり?」
「うん、ほどほどで」
「そーする」とあっさり笑って、蒼大はゆっくり身体を起こした。「っつー事で。我慢の限界が来る前にそろそろ離れようぜ」
「はーい」
軽く、でもちゃんと気持ちのこもった触れるだけのキス。そのまま離れるかと思ったら——蒼大はジッと私の目を見つめたまま、ニヤリと口の端を上げた。
「結婚したら俺が攻めるからな?」
「ひゃう!」
カッコ良すぎて変な声出た。心臓熱いよ。ドキドキもヤバいし。
心の準備が出来るまで結婚は先延ばしにしよう……




