破壊力は天井知らず
「……どっか行ったか?鳴き声の主」
さっきの絶叫に近い鳴き声の主を探るように、森の奥を睨んでいた蒼大がゆっくりと私の腕を離した。掴まれていた場所が、じりじりと熱い。
「わ、分からないけど……とにかくここを離れた方が良さそう。せめて山小屋とか、雨風を凌げる場所を探さない?」
「あー、そうだな。山小屋は欲しい。つーか、水だ。水場を見つけねーとマジで干からびるぞ」
巨大な樹木に得体の知れない生き物の気配。明るいうちに動かないと。野宿なんて絶対無理!
「体力があるうちに探さなきゃ。……あ、あの!」
歩き出そうとした蒼大に向かい、私は声を上げた。
「……なに?」
「その、これから協力していくんだし、自己紹介まだだったよね。私の名前は小川七海。山川女子3年……」
「あ〜っ!小川七海!?西中出身でバレー部の?」
「えー!なんで知ってるの?!」
被るように言われ、心底ドキッとした。蒼大の言う通り、中高ずっとバレー部だったから。
「ハハ。めちゃビビった顔してんな。俺の連れに西中だった笠井ってやつがいて、お前と話してんの何度か見た事あるからさ。どっかで見た事ある顔だと思ってた」
なるほど。高校生になってからも、コンビニで笠井君に会うと、確かに蒼大も近くにいた。
「びっくりした!笠井君、君が名前を覚える程私を話題に出したの?私何かしたっけ?」
そう問いかけると蒼大は一瞬気まずそうに視線を逸らし、ポリポリと首の後ろを掻いた。
「あ——ああ。そりゃぁ、あいつがさ、お前と話した後は決まって『七海はバレーが上手いんだ』って褒めてたから…… そう、それで覚えてたんだよ!」
少し間があったし、どこか無理に納得しているようにも見える違和感……気のせいかな。でも、笠井君がそんな風に言ってくれていたのは、素直に嬉しい。
「そうなんだ。笠井君もバレー上手かったよね!」
「間違いねぇ。ところで七海は俺の事知らねーの?」
ドクン、と心臓が鳴った。
当たり前みたいな七海呼び。
ファンに聞かれたら殺されそうなシチュエーションだけど、ここは2人きりの森の中。私は必死に動揺を抑え、知らないフリを貫く。
「なんとなーく、噂に聞く蒼大君に似てるなって思ってたけど……合ってる?」
「そー。合ってるけどその程度か!」
蒼大は少し驚いた顔をした後、はぁっと大袈裟な溜息を吐いた。
いつもファンに向かってうぜーうぜー言っていたくせに、君って呼んだ時の反応といい、自分の事知らないと不服そうなのなんでなの?
「はぁ。まいっか。俺の事は蒼大って呼んでいーから。俺も七海の事呼び捨てで呼ぶし」
もうさっきから七海って呼んでるし!
「うん。蒼大、これからよろしくね」
「おう」
短い返事を返した蒼大が、なぜか背中を向け、小さく「よしっ」とガッツポーズをしたのが見えた。
「どうしたの?」
「ん?気合い入れ直しただけだ!行くぞ」
「じゃあ私も!気合い入れて行こう!本日の目標は山小屋と水場の発見!」
拳を握りグッと手を上げると、蒼大は振り返り、ふっと目を細めて微笑んだ。
「ああ。頑張って見つけような」
なんだか特攻服と似合わない柔らかな笑顔と言葉遣い。木漏れ日に照らされて、とても綺麗で。ドクンと心臓が大きく跳ねる。
ジリジリとした暑さとは違う熱が、カァッと顔に集まってくるのが分かった。たった今入れた気合いが溶かされそうな凄まじい破壊力……
顔面が凶器すぎるのよ。
不意打ちの笑顔に固まる私を置いて、蒼大は特攻服をなびかせ数歩進んで振り向いた。
「……早く来いよ」
思わずキャーって叫びそうになった。心臓鷲掴みどころじゃないレベルですよこれは! 無料でいいんですか?
……いや待って!ヤンキーだし、後で「優しくしてやった代」とか法外な請求をされたらどうしよう。
あまりの蒼大の破壊力に、私の思考回路は完全に粉砕。
課金したらどうなるのか、なんて馬鹿な事を考えて。
おかげで、さっきまで残っていた不安や絶望は、綺麗に吹き飛んで行った——




