1人じゃない
再び辺りを見回しても、目を擦ってみても森の中。不安しかないけど、1人じゃないからか、手の震えと大きかった心臓の音は治まっていった。
「暑い……」
落ち着くと同時に、ジリジリとした暑さに気付く。
たまらずカーディガンを脱いで白シャツの袖をまくった。
10月の冷たい雨は消え去って、夏が来たみたい。
「本当に不思議。暑いし服も髪も全然濡れてないし……」
髪に手を当てて確認するとサラッと指が通る。
「この状況に驚きすぎて忘れてたけど、俺も全く濡れてなかった。つか、お前の場合は一晩寝てたから乾いたのかも知んねーけど」
「え?そんなに寝てたの?」
「ん、ヨダレたらして幸せそうに寝てるからずーっと見てた」
「キャー!ちょっと待って?私ヨダレ垂らしてたの?!てかなんでずっと見てたの?」
ずっと見てたって何?冗談?この状況で寝てただけでも図太すぎるのに、ヨダレまで見られてたら恥ずかしすぎる!生きていけない!
顔が一気に熱くなり口元を擦ると、蒼大は「ハハッ!」と声を上げて笑った。初めて見る、屈託のない笑い声と笑顔。
「だって他に見るもんねーんだもん。周りは真っ暗だし、お前がぐっすり寝てんのに、いつどんな得体の知らねー奴が出てくるかわかんねーから眠れないしよ」
「あっ!もしかして、寝ないで見張ってくれてたの?」
「あ……まぁ、そゆこと」
「あ」の後の間が、私に気を遣わせないように言うつもりじゃなかったのかもしれない。
——胸の辺りがじわっと変な感じ。ファンが正門前で出待ちする理由が、ほんの少しだけ理解できたかもしれない。
「私1人だけ寝ててごめん。ありがとう」
「別に……自分の為だ」
「それでも、ありがと」
「お」
それから数分間、私達の間に沈黙が落ちた。
ジリジリと肌を焦がす熱気と、見知らぬ木々が風に揺れる音だけが響いている。熱くなっていた身体は徐々に冷えて、代わりに消えない不安が広がり、今の状況を解き明かそうと頭をフル回転。
誰かに生まれ変わるような「転生」じゃない。だとしたら、異世界転移……
ちらりと蒼大に目を向けると、口元に手を置き私と同じく今の状況について考え耽っているみたい。視線が合うと蒼大は口元からぱっと指を離した。
「これってさ、もしかしてあれじゃね?異世界転移ってやつ!」
少し興奮気味に言ってきた蒼大の顔は至って真剣。異世界系知ってるなんて意外すぎる。
「私も思ってた!信じられないけどその可能性あるよね?」
「それな!」
2人で目を合わせ、しっかり頷き合う。
こんな非現実的な事が起こるなんて思いもしなかったけど、異世界転移という言葉がしっくりきてしまう。
どんな世界かも分からないし、正直怖い。
でも、本当にここが異世界でも、そうじゃなくても覚悟を決めないといけない。あるか分からない帰る方法を探すより、まずは生きる事が大切だと思う。
考えていると蒼大が口を開いた。
「ショックかも知んねーけど、こう言うのって俺たちの力じゃどうにできないだろうからさ。これからこの場所でどう生きていくかを考えようぜ」
じっと私の目を見て、言い聞かせるようにゆっくり言葉を発した蒼大。まるで私の心を読んだみたいに同じ意見だ。
「うん、私も同じような事考えてた。生き延びる方法を探そうって」
「そっか、良かった」
ホッとしたような蒼大の表情に、あんなに怖かったのに何故だか大丈夫そうな気がしてくる。
1人じゃなくて、良かった。
そう思った瞬間森が揺れ「ピィィィィッ!」という、鳥にしてはあまりに大きな鳴き声が響いた。
「キャッ!」
驚いて思わず屈んだ私を庇うように、蒼大が鋭い眼光で森の奥を見据え、私の腕を掴んでグイッと自分の方へと引き寄せた。
「チッ、マジか……危ねーから、あんま俺から離れんなよ?」
姿の見えない音への恐怖心と、至近距離で見る蒼大の男らしさへのドキドキ。
ドキドキが2つ重なりぐちゃぐちゃに混ざって。心臓がやけにうるさい。




