巻き込んだ相手は
「おーい!」
頭の芯から響くようなキーンという嫌な耳鳴りが消えて、誰かの叫び声が聞こえてくる。
「おい!なな……イヤ……お前!あ~っ、起きろって、マジわけわかんねー事になってんぞ!ハ・ヤ・ク目を開けろ!」
私を呼び起こすような知らない人の声。中々良い声をしている。まだ眠たいけど、あまりにうるさいので瞳を開いてみる。
飛び込んで来た光の眩しさに目を細め見ると、私の顔を覗き込んでいる金髪の不良少年の姿が目に入って来た。
コンビニに住んでいるのかってくらいバイト帰りに見る顔、蒼大だ。
私と同じ学校ではないけど、他校にまで名前が轟くイケメンで、しかも女嫌い。ファンに向かって「あー、うぜーんだよ!」と冷たく言い放つ。
そんな人が、何故私の顔を覗き込んでいるのか。
しかも特攻服姿で。
夢にしては妙にリアルだけど……
「夢?」
「夢?じゃねぇよ!あれだけ派手に全身タックルかましといて何寝ぼけてんだよ!とにかく起きろって!」
タックル?そんな、私がタックルなんてするわけ……
ってえ!
転んで、人にぶつかって、そこにトラックが突っ込んできて……
ぼんやり思い出し、勢いよく上体を起こすと、覗き込んでいた蒼大と頭が衝突。ゴンと鈍い音が響く。
「いったぁ……」
「いってぇ……」
余りの痛みに目も開けられず頭を押さえて暫し無言。
「痛いよ!私死ななかったの?トラックが突っ込んで来て……でも今ぶつけたところ以外痛くない!」
「俺も痛いっつの!突然起き上がりやがって……!」
「起きろって言ったじゃない!」
「確かに俺が起こしたけどさぁ……!つか、それどころじゃねーって!スマホも圏外だし、今どこにいるのかも全く分かんねー!一つ言えんのはここが天国か地獄じゃなきゃ俺ら生きてんぞ」
スマホが圏外?天国か地獄?
蒼大の言葉を不思議に思いながら視線を周りに向ける。そして辺りの風景を見た私はひぃっと短く息を飲んだ。
「う、嘘……」
驚きすぎて手があり得ないほど大きく震えるし、時が止まったみたいに動けない。
だって、見上げた先にあるのは、見慣れたコンビニの看板でも白い病院の天井でもない。目の前に大自然が広がっているんだもの!
見た事もない背の高い木々。幹は苔や蔓に覆われ、色々な緑に塗り潰されている。
生い茂った葉の隙間から太陽の光が降り注ぎ、耳を澄ませばピィーと口笛のような鳥の鳴き声が響いてくる。
落ち着こうと深呼吸をすると、木の爽やかな香りと湿った土の匂いを含んだ空気が体内を巡る。
マイナスイオンたっぷりのはずなのに。
落ち着くどころか『ただ事ではない』と身体が警告を発するように、心臓から熱が広がっていく。
ここは何処?!私は誰?!
慌てて立ち上がり、震える手でショルダーバッグからスマホを取り出す。蒼大の言う通り、画面には圏外の表示。何度見ても、高く掲げてあちこち向けても、電波は1本も立たない。
嘘……でしょ……?
無理、マジで無理!絶望しかない!
こんなの、まるで異世界漫画の世界じゃない?
って、まさか!私、この世界の貴族令嬢になっていたり……
スマホをインカメラにして、自分の姿を確認する。
写し出されたのは慣れ親しんだ自分の顔。
少しホッとしてスマホを鞄に仕舞い、ゴクリと唾を飲んだ。
私を黙って見守っていた彼、蒼大に目を向ける。
実は、中学の時蒼大ファンの友達に正門前の出待ちに付き合わされた事が何度もあるし、コンビニで彼が落としたキーホルダーを拾って言葉を交わしたこともある。
だから顔も名前もバッチリ知っているけれど、ファンだと勘違いされたら面倒くさい。
――ここは知らないフリでいこう。
大自然の中に真っ赤な特攻服を着た国宝級イケメンが立っているだけでも十分混乱しているのに、塩対応まで食らったら心が折れる。
「えと、すみません……どうなってるか分かる?もしかして君が私をここに連れて来た?」
「はっ?君って、まさか俺の事言ってんのか?」
眉間にこれでもかと皺を寄せた蒼大が、心底意外そうに私を見た。
なんなの、その「俺を知らない奴なんてこの世にいるの?」みたいなリアクション。モテすぎておかしくなってんのかな?
「うん」
頷いた途端、蒼大は肩を落として深い、とても深い溜め息を吐いた。
「あのな……俺がこんなわけわかんねー場所に、どうやって女一人担いで連れてくるわけ? そんな事する理由ねーだろ。ちょっとは頭使えよ」
蒼大は私がおかしいと言わんばかりに人差し指で自分のこめかみをトントンと軽く叩いてみせた。
バカにされたみたいで悔しいけど蒼大の言う通りだ。
1人で私を担いでこんな森に来るなんて現実的じゃないし、そもそも私をこんなとこに連れてくる理由が無い。
「ごめん。寝ている間に何が起こったか分からないから一応確認したくて」
「俺だって何が起こったか分かんねぇよ。誰かさんから押し倒された所にトラックが突っ込んで来ただろ?死ぬ!と思ったけど、衝撃が来なくてさ。目を開けたらここだった。つーか、トラックの衝突より、お前のタックルの方がよっぽど衝撃デカかったぞ」
チクリと刺さった罪悪感。スローモーションで瞳が見えたけど蒼大だとは思わなかった。不可抗力とは言え転んだ私が悪い。
「本当にごめんなさい。勢い余って躓いちゃって。それで、君が目を開けたら私も一緒にここに居たの?」
「そ。俺が顔を上げたらお前がすぐ隣に倒れてた。いや、爆睡してたな。まぁタックルはわざとじゃないから許す!」
「ありがとう」
会話をしていたら少し落ち着いてきて、平静を装いお礼を言ったけど。
なんでこんなヘビーな状況で寝てんのよ私!我ながら図太すぎる!
そしてこの大自然の中で、赤いド派手な特攻服を着て立っている蒼大……シュールすぎるよ!




