夢じゃない
あ、数ヶ月前に1度だけ言葉を交わした事があったな。
コンビニのレジで蒼大の後ろに並んでいた時の事。
蒼大がズボンの後ろポケットから財布を取り出した拍子に落とした鍵を拾ってあげた。
鍵についていたキーホルダーがおでこにハート型の赤い石が埋まっている招き猫で。
不良なのにこんな可愛いキーホルダー付けてるのね!
なんて思いながら手渡したから妙に印象に残っている。
「あの、これ落としましたよ」
って、声を掛けたら振り向いて酷く驚いた顔をされた。
「なっ……な……!え、あ、あざっす……」
ってね!挙動不審気味に鍵を受け取ったと思ったら前を向いて「マジビビった……すげぇ」と呟いていたけど、女嫌いだとしてもビビり過ぎだと思う。
その位の関りしかないのに何故私の夢に蒼大が出演しているのか。しかもこんな間近で!謎だけど夢の中でも顔が良いわ。
金茶ヘアにキリっとした眉。シュッとした切れ長奥二重の目は人を惹きつける。
小さすぎない形の良い小鼻にすっと通った鼻筋。
神様に贔屓されたレベルに綺麗な輪郭に線が細いのに少し男らしさを感じさせる首のライン。口角の上がった唇。
男子なのに色白でお肌もつるんつるん。石鹸つけなくても滑りそうよ。地元のアイドルだと思っていたけど国宝級イケメンと言っても良いかも。
でも着ている服が金色の文字が刺繍された黒色の特攻服なのよ。
私とは完全に無縁の世界のお洋服……
特攻隊を着ていてもそこまで粗野に見えない所はさすがだけどね!
それは置いておいて、とにかくまだ眠らせて欲しい。蒼大の夢より睡眠を取る!
「おやすみなさい」
そう告げて私は再び目を閉じた。
「おいおい!また寝る気か?!あれだけ派手に人の顔に蹴り入れといて信じらんねー!マジで起きてとにかく周りを見ろって!」
蒼大の声から妙な焦りを感じ、私は目を閉じたまま小首を傾げた。
顔に蹴りって……そんな……
……そう言われると身に覚えがあるような気がして来るから人間って不思議だよね!
ってえぇ!
した!コンビニで!確かに倒れる瞬間スローモーションで金茶頭の蒼大が見えた!
そしてそこにトラックが……バーン!
全てを思い出しバッと勢いよく上体を起こすと覗き込んでいた蒼大と頭が衝突。ゴンと鈍い音が響く。
「いったぁ……」
「いってぇ……」
余りの痛みに目も開けられず頭を押さえて暫し無言。
「ぐらっときた!そして痛い!でもなんで痛いの?私死ななかった?トラックが突っ込んで来て……」
「俺もマジで痛てーつの!突然起き上がりやがって……」
「だって起きろって何度も言ってたじゃない!」
「確かに俺が起こしたな……しゃーねー!つか、スマホも圏外だし今どこにいるのかも全く分かんねーけどここが天国か地獄じゃなければ俺ら生きてるぞ」
スマホが圏外?天国か地獄?
蒼大の言葉を不思議に思いながら目を開ける。そして辺りの風景を見た私はひぃっと短く息を飲んだ。
「う、嘘……」
それしか言葉が出てこない。驚きすぎて手が一気に震えてきたし時が止まったみたいに動けない。
だって、だってね、いきなり目の前に大自然が広がっているんだもの!