2人の森生活
「また急に何言ってんだ?七海で良かったけど」
「や、ここにいるのが蒼大の好きな子だったら良かったのに。とか思っちゃって!」
「……もうさ、その事は気にすんなって。つか、俺七海の事好きだから大丈夫」
好きって言うたった一言でバクバクと心臓が跳ねるけど、軽く好きと言える関係は人として。友達として。の枠。
自分が発する言葉で、私がどれだけ葛藤しているか蒼大には絶対分からない。
「ありがとう。私も蒼大が好きだよ。人として、めっちゃ良い奴だもん」
その言葉を口にした瞬間。
隣で魚を食べていた蒼大が、ピタッと動きを止めた気配がした。
「お……おう、ありがとな」
少しだけ声のトーンが低く、ぎこちなくなった気がした。
手に持っている魚を見ながら話しているからお互いの表情は分からないけど。
きっと、いつもみたいに優しい顔で微笑んでいるんだろうな。
朝食後、蒼大は川に入って水遊び。ただの川も蒼大が立つだけで1枚の絵画になる。
濡れた手で無造作にかき上げた前髪。濡れたTシャツを絞る動作の度に、覗く腹筋。そして、こちらに向けて笑いかけてくる自然体の笑顔。
全てが眩しすぎて、瞬きするのも惜しいくらい。
見つめすぎたのか、目が合うと蒼大は川から上がって来た。
「暇そうだな。川入んねーなら探検でも行くか?」
建物の裏側にも細く人工的に作られた道があった。その先がどうなっているのか気になる。
「行く!」
お昼ご飯用に冷蔵庫にあった卵とパンで卵焼きサンドウィッチを作り、いざ出発。
「七海スゲェ!卵焼き作るの上手だな」
「え?そんな事ないと思うけど」
「うちの母さん卵焼き巻くのが苦手なのか、いつもオムレツみたいなのが出てきた」
「それ普通にオムレツだったんじゃない?」
なんて他愛もない話をしながら整備された土の道を進む。
小屋と水場を探していた時と違い、心に余裕があるので心なしか足取りも軽い。
20分程で道の先が見えてきて、蒼大が声を上げた。
「出口じゃね?!」
ポッカリと開いた先に木々の影は見えない。顔を見合わせ自然と2人で手を取り走りだす。
森を抜けると、視界の先まで延々と続きそうな一本道が現れた。
建物などは見えないけど、土の道には馬車のものと思われる轍が何本も刻まれている。
「出た!」
「やっとだったね!道、左右どっちかに向かって歩いてみる?」
「とりあえずやめとこーぜ。どこまで続くかわかんねぇし」
「はーい」
もう少し繋いでいたかったけど、手を離す。と——またすぐ手を繋がれた。
「やっぱちょっとだけ行ってみねぇ?」
「うん!折角お弁当も持ってきてるもんね」
ぎゅっと手を握り返した。へへ。
轍が刻まれた道。周りに建物はなく、道沿いは等間隔に背の高い木が立ち並び続いている。似たような風景ばかり続いているので、下手に進むと家に帰れなくなりそうで心配。
「森の入り口に目印つけといたほうがいいかも」
「落ちてる枝でも立てとくか?」
「うん」
当たり前だけど、何をするにも2人一緒だ。私が落ちている枝を拾うと蒼大が土を集めて山を作り、そこに枝を刺して出発した。
延々と続く一本道。何だかノスタルジックな気分。でも、暫く歩いても見える風景が何も変わらないので飽きてしまった。
「戻るか」
「賛成」
結局家に戻り外のベンチでサンドウィッチを食べて家の主が来るのを待った。
「今日も来なかったね」
「まーいつか来るだろ。牛乳が腐るまでには」
「ん〜」
そうは言ったものの、結局その日も主は来なかった。次の日も。そのまた次の日も。
そうして1週間が経った。
捌き方を知っていた蒼大のおかげでイノブタのお肉を冷凍保存。川で魚も釣れるし食料問題も何もなく普通に生活出来ている。
「イノブタ美味いな。米欲しい」
「ご飯食べたくなるのは日本人だからだよねー」
なんてまったりお米に思いを馳せたり。
「見て!キノコ生えてるよ。美味しそう!これ食べられないかな?」
「いや、キノコはやめとこうぜ」
「あ、あの鳥がいつもピーピー口笛みたいに鳴いてるやつ!」
「あー、あいつか!青くて綺麗だな」
なんて、2人で山を散策したり。
「今日も星が綺麗だな」
「うん、月も綺麗だし日本じゃ見た事ない程夜空が綺麗だよね」
なんて、並んでベンチに座り、自然を満喫してみたり。
スマホもテレビも漫画もない。出来る事は少ないけど、別に苦痛じゃない。まったりゆったりと穏やかな時間が過ぎる。
蒼大とは一緒にいるのが当たり前みたいにスッカリ居心地のいい相手になり、もう夜も躊躇うこともなく普通に同じベッドで寝ている。
もちろんひっついたりせず、広いベッドの左右に別れて、お互いのテリトリーで。
ただ、一度だけ、テリトリーが破られた事がある。
私より先に寝落ちてしまった蒼大が、ゴロンと寝返りを打って背中側に近づいた。
そして、すり寄ってきたかと思うと……腰のあたりに力強い腕が回され、背中からぎゅっと抱きしめられた。
寝ぼけているのか、蒼大の体は完全に私の背中に密着していて。薄い寝着越しに伝わってくる、蒼大の厚い胸板と、体温に心が乱されて。首筋に優しくかかる吐息に、自分の心臓の音がうるさいくらいに跳ね上がり、身体が熱くなった。
緊張で身を強張らせていると、蒼大は「ん……」と小さく寝息を漏らし、すぐに寝返りを打って離れていってしまった。
……本当は、もうちょっとだけひっついていたかった。




