世界はハート柄
考えても分からない事は置いておいて、玄関横に立ててあった釣竿が目に入った。もしやと思い冷凍庫を漁るとご丁寧に餌もある。
私は木製バケツを手に取り、蒼大を起こさないようにコッソリと外に出た。
蒼大が寝ている間に魚を獲って驚かせたい。
なにより、私も役に立ちたい!その一心で。
昨日歩いて把握した、水深が深めのポイントに行きバケツに水を汲む。大きめの岩に腰を下ろし、釣り糸に餌をつける。
子供の頃、釣り好きの父に付き合わされたおかげで、餌付けなんかはお手の物だ。
お父さんの趣味が異世界で役に立ったよ。ありがとう!
そっと釣り糸を垂らした。
優しい風が吹き抜け、朝の空気はひんやりと澄んでいて気持ちが良い。
教師になるという夢は叶わなかったけど、勉強やテストに追われる事のない、自然の中でのスローライフ。完全にキャンプ気分だ。田舎に引っ越す人の気持ちがわからないでもない。
のんびり1匹目を釣り上げ、バケツに入れる。
大きさも見た目もとてもヤマメに似ているけど、異世界だから名前は分からない。
1人2匹と考えて4匹釣っておこうかな。
再び釣り糸を垂らし、川のせせらぎを聞きながら自然を満喫していると、遠くから蒼大の声が聞こえてきた。
「七海!何処だーっ?七海ぃいっ!」
鳥たちがバサバサと飛び立つほどの、必死な叫び声。その場で大声を出すと魚が逃げてしまうので、腰を上げ川岸を声のする方へ小走りで進む。
「起きたのー?こっちこっちー!」
のん気に大きめの声で返事をしたんだけど、木々の間から飛び出してきた蒼大の顔を見て、私は息を飲んだ。
何も言わなくても、心配しているって言うのが伝わってくるような表情だったから。
「七海っっ!」
私の目の前まで来ると、膝に手をつきはあはあと荒い息を整える。
「マジで黙って居なくなるのはやめてくれ!心臓止まるかと思ったじゃねーか」
起きてすぐ飛び出して来たのか髪の毛は所々寝癖がつき、服も昨晩着替えた白いTシャツと半ズボンのまま。
「寝てたから1人できちゃった。心配かけたならゴメン!」
「心配するに決まってるだろ!何が居るかわかんねーんだぞ?またイノブタとか、熊とか出たらどうする気だったんだよ!」
本気のトーンで怒鳴られ、私の心はシュンと小さくなっていく。
「そんなの全く考えてなかった。ただ蒼大に魚を食べて欲しいなと思って……」
喜んで欲しくてした行動が全然喜ばれなくて切ない。蒼大の言っている事も分かるのに、じんわり涙が滲む。
慌てて俯くと蒼大のハッと息を吸う音が聞こえ、ぐしゃぐしゃと私の頭を撫でた。
「……悪い、怒ってるわけじゃない。本気で心配したから」
「うん、言ってる事分かる。ごめんね」
「ん。釣りなら一緒にやろうぜ。俺やった事ねーから教えて」
「うん」
少し赤くなった目で頷き、2人並んで岩に座る。蒼大に竿を持たせ、川に向かって釣り糸を垂らすと——教える間もなく、秒で釣れた。
「早っ、しかも大きい!」
しょぼくれている暇もない。あっさり大物を釣り上げた蒼大に、悔しくて冗談ぽく頬を膨らませると、彼はアハハと声を上げて笑った。
「ハハ!やっぱ七海は分かりやすい」
「そーですか!」
「ああ、そう言う素直な所いいよな」
屈託のない笑顔。そんな素敵な笑顔でそんな事言わないで欲しい。
さっきまでのんびりスローライフを満喫していたのに、一気にトキメキと戦う羽目になってしまった。
もう重症。魚の柄もハートに見えるわ……
折角なのでキャンプ気分を味わおうと河原に石を積み上げ、火を点ける。2人並んで座り、串に刺した魚を焼いた。
もう肩が触れそうで触れない距離に蒼大がいるのが当たり前みたいに心地よい。
魚の表面にこんがりと焼き色がつき、脂がジューっと染み出してきた。
2人でいただきますと手を合わせ、熱々の身にパクっとかぶりついた。オリーブに似た独特の香りが鼻を抜け、ほろりと崩れた身からうま味がじわっと口の中を占拠する。
「美味しい!」
「うまっ」
2人顔を見合わせにっこり。
皮はパリパリ。身はほろほろと柔らかくて。キッチンにあった塩が最高の活躍をしてくれた。
「美味しくて幸せ。これにおにぎりがあれば文句なしだったね」
「それな。俺も今米くれって叫ぼうと思った。贅沢言うと味噌汁も欲しいぜ」
「あー分かりすぎる!」
「米どっかにねーかなー」
「お米と味噌があると良いよね〜」
2人揃って白米に思いを馳せつつも川の音を聞き、名も知らぬ魚の塩焼きに舌鼓を打つ。
ここで蒼大とこんな生活をして生きていくのも悪くないかもしれない。
「生活出来るならこうやって森で生活していくのも楽しいかもね」
ポツリとこぼした私の言葉に、蒼大は魚を食べる手を止めた。
「だな~。ずっと七海と2人で……」
言いかけてハッと言葉を止めた蒼大。それっきり黙りこくってしまった。
パチパチと燃える焚き火の音と、川の流れる音だけが、響く。
……どうして黙ったの?
もしかして、好きな子の事を思い出したのかも。
私の言葉を聞いて、『ここに一緒に来たのが、七海じゃなくて好きな子だったら良かったのに』なんて思ったんだったらどうしよう。
そう考えた瞬間、先ほどまでの温かな幸せが一瞬で冷え切り、心が急速に暗く沈んでいく。
「ここにいるのが私でごめん」




