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01 採用試験の日(2)

うなずいたスタッフに向けて、スーツ姿の女性が質問を口にする。


「今の業務のお話とは直接関係ないかもしれませんが、私は自社の上司、それもかなり上の方から指示を受けてこちらに来ています。ですがその…」


周囲を見回し、やや冷たくも感じる目付きを送ってから続ける。

「あまり社会人らしい方がいらっしゃらないようですけど、どういった形で候補者を集めているのでしょうか」


テスターやデータ収集のバイトということだったので、村雨も服装には気を使っておらず、パーカーにチノパンで来ている。ほかの連中も似たり寄ったりのカジュアルだ。

学生の子達はともかく、アルバイトでは社会人とは言えないという風にも聞こえるのは、相手によっては反感を買う発言だろう。


村雨は、改めて相手を眺めてみる。

美しく整えられた髪、つるんとした頬。スーツはよく似合っているが、バリバリのキャリアという感じではなく、どちらかといえば女らしさや可愛らしさを強調している気配がする。

そのアピールの対象は、自分達のような非力な若者や子供ではなく、もっとパワーを持っている男達なのだろうなぁ、と村雨は結論付ける。


スタッフはさしたる反応もなく回答している。

「ああ、S社の方ですね。お話は伺っています。

S社さんとのやり取りの内容や、公募方法の詳細は明かせませんが、今回で言いますと、候補者の条件はまず、ネット関連のコンテンツや技術に興味を持っていること。

これは単純にこちら側の説明の省力化のためと、想定顧客の層に近づけるためです」


「次に、ネット小説の熱心な読者であること」


んん?

村雨は確かにネット小説サイトからここに来ているが、今の女性の話からはネット小説との関連が分からない。

出版とか編集とかそんな仕事をしているのだろうか。


「それから、ある程度まとまった文章を書き慣れていること」


確かに、業務の一つにレポートの作成とあったな。だが、採用試験でそれを見るならともかく、募集広告には特に記載はなかったはずである。


疑問に思ったのか、例の女性が再び質問をする。

異議あり!と叫び出してもいいくらいの迫力だ。


「採用試験はまだこれからなんですよね?私は推薦か何かがあったとして、他の方々はどうなんですか。それと、私はネット小説なんて縁がなくてよく分からないんですけど」


自分は推薦されるって、社内ではそれなりに評価されているということか。

しれっと発言する辺り中々のキャラのようだ。

しかし、ネット小説に関係ない仕事なのか。よく分からないな。

村雨はスタッフの次の言葉を待つ。


スタッフは、さらっと爆弾発言を行う。


「今の二つの条件と関係してくるんですが、こちらにいらっしゃる方々は、ネット小説サイトで熱心にレビューや感想を書き込んでくださっているという共通点があるんですよ」


会場内の複数人から、ひっ、ふぁっ!?といった呼吸を止めるような反応があがり、村雨も、走馬灯のように過去の自分の書き込みを思い返して遠い目をする。


隣の女性は、耳を真っ赤にして口を開けたまま目を見開いていた。

「…あ、あの書き込みを事業部長も見ているというの…!?

そ、そのうえで私を送り込むって、い、一体ここで何をさせるつもり…」


おかしな呟きが聞こえてくる。


スタッフは微笑んで続けていく。

「安心してください、我々は書き込みの内容は一切提供されていませんので。

ほかにご質問はいかがですか?」


何人かが会議机の上で動かなくなった会場で、次の質問を発したのは村雨より少し年上っぽい美形の男だった。


物腰は落ち着いているし声も大きくないのに耳に響いてくる。

ただ者ではない印象だが、長い栗色の髪にレザーのジャケットを羽織る姿は、確かにサラリーマンには見えない。


「いや、ちょっとビックリしたんで確認しときたいんですけど、ネット小説サイトが俺たちのログデータを流してるってことはないんですよね」


「それはもちろんあり得ません。

我々は、書き込み回数が多くてこの辺りからアクセスしているユーザーに、例のバナーを表示するようお願いしているだけですから」


「ならいい、です」

ビックリしたと言いつつそれほど動じた様子もない。


そのやり取りで安心したのか、他の面子からもアルバイトとしての業務に関する質問がいくつかあり、村雨も気になっていたことを質問してみる。


「なんとなく、今回以外にも募集が何度かありそうな気配がするんですけど、どうなんでしょうか」


「そうですね、今回はラノベを中心としたネット小説をキーにしていますが、他にもマンガ、紙媒体の小説、イラストなどでキーを設定することもあります。

最低でも何回かは出社して頂く必要がありますし、端末や撮影装置の数に限りがあるので、一度に大勢集めるのは難しいですね」


「今おっしゃったキーって、どんな理由で設定してるんでしょう?

複数ジャンルを趣味にしてる人が多そうな気がしますけど」


「我々はバナー広告を出すだけなので、応募者がほかにどのジャンルに興味があるかはわからないんですけど、今まで面接でお話ししてきた印象からすると、レビューや感想を熱心に書き込むのは、一つか二つのジャンルに絞っている方が多い気がします。

それはともかく、我々が重視しているのは、『抽象化されたメディアに没頭できる人間』であるかどうか、ですね」


「えーと、どういうことでしょう?」


「VR環境を開発するにあたって、客観的に人間の五感をだますレベルの信号を常時生成し続けるのは、非現実的なレベルのデータ量の処理が必要になるというのはお分かりいただけますか?」


「そりゃそうでしょうね。

視覚や聴覚、嗅覚くらいはまだしも、全身の触覚や冷たい熱いなんて、想像もできないです」


「一方で、例えばあなた方は、コンテンツの出来がよければ数キロバイト程度の文字データだけで数分間は周囲のことを忘れて没頭できる。

没頭している間は、現実の肉体を離れて異世界にトリップしていると言っても良いわけです。

我々は、VR環境そのものを開発しているというよりも、この『没入感』を強化しつつ、気軽に味わえるようにすることを目指しているのです」


村雨は思わずうなった。


確かに、どストライクの小説を読んでいるときには、周囲のことなどまったく目にも入らないし騒がしい場所だろうと何の雑音も聞こえていない。

「小説の世界の中に入り込める」というのが売りの体験があるとすれば、五感をリアルに再現してもらう必要なんてなく、自分の振る舞いや視点に応じて活字が変化していくだけでも十分だ。


マンガの世界に入りたい人なら、マンガの表現の形を取ってコンテンツを表示しておけば、あとは本人の脳内でそれを紙芝居でも動画でも好きなように展開してくれるだろう。


「はー。いろいろなことを考えるものですねえ」


村雨は、すっかりこの会社の開発事業に興味を惹かれていた。


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