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『千年待った精霊たちは、忌み子を愛してやまない』  作者: ゆい


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第七章 神槍の覚醒と禁断の奇跡


少年の絶叫が響いた直後。


森の奥から、一筋の青い光が飛び込んできた。

その後を追い、三人の男が木々の間から姿を現す。

クラウス、ヴァルディス、そしてヘクトル。


三人は目の前の惨状に足を止めた。

二十体を超える魔狼。

巨大な魔狼王ヴァルガルム。

血溜まりの中に倒れた銀髪の女性。

そして、右手を失い、右目を深く切り裂かれた幼い少年。


「……これは」


クラウスの表情から笑みが消えた。

ヴァルディスも眉をひそめる。


「なんということだ……」


ヘクトルが舌打ちした。


「くそっ……遅かったか!」


三人が駆け寄ろうとした、その瞬間だった。

少年の泣き声が唐突に止まった。

母の身体に縋りついていたシリュウが、ゆっくりと顔を上げる。


その黒い瞳から、感情が消えていた。

悲しみも、怒りも、恐怖もない。

意識そのものが失われたかのように、表情が完全に消えている。


「……待って」


クラウスが足を止めた。

シリュウの身体から、黄金の光が溢れ始めていた。

最初は僅かだった光が、瞬く間に膨れ上がっていく。


「……神力?」


ヴァルディスが目を見開いた。

次の瞬間。


ドォォォォォンッ!


膨大な神力が少年の身体から噴き上がった。

大地が震え、周囲の木々が激しく揺れる。


「なんだ、この神力は……!」


ヴァルディスが驚愕する。

それは人間が修練によって高める神力とは、明らかに質が異なっていた。


だが、その大半は制御されずに溢れ出している。

身体の使い方も、力の扱い方も未熟だった。

聖級に至った三人から見れば、戦闘能力そのものはまだ遥かに及ばない。


しかし、神力の奥底に感じられる異質さは、彼らの知識では説明できなかった。

その間にも、少年の身体が変化していく。

黒髪が根元から黄金へ染まり、黒かった瞳も眩い金色へ変わっていった。


十字型の瞳孔だけが、変わらずそこにある。

そして、シリュウがゆっくりと左手を前へ突き出した。


意識を失っているはずの少年が、静かに口を開いた。



「――顕現せよ。神槍《アストラ・レガリア》」



その瞬間、突き出された左手の前に黄金の光が集まり始めた。


無数の粒子が渦を巻き、長大な柄を形作る。

続いて、精緻な紋様が刻まれた穂先が現れた。

神々しい装飾を纏った黄金の槍。


クラウスの表情が一変した。



「……何だ、あの槍は」



数え切れないほどの武具を見てきた剣聖でさえ、目の前の槍には見覚えがなかった。


「神力で武器を作り出した……? いや、違う……」


槍そのものが、独立した存在として顕現している。


「……あんな武器、見たことがない」


ヴァルディスも険しい表情で見つめていた。


「我が国の古代文献にも、あのような神器の記録はないぞ……」


ヘクトルが低く呟く。


「……何者なんだ、あのガキは」


シリュウが神槍を握った。

意識はない。

構えも、詠唱もない。

ただ、左手に握った槍を横へ振るった。

その瞬間。

黄金の閃光が森を貫いた。


轟ッ――!


扇状に広がった斬撃が、ヴァルガルムと二十体を超える魔狼を一瞬で飲み込んだ。

肉体も、骨も、魔石さえも。


すべてが黄金の光の中で崩壊し、跡形もなく消滅する。

斬撃はさらに森の奥へ広がり、進路上の木々を薙ぎ倒した。


大地が抉れ、土砂が舞い上がる。

やがて衝撃が収まった。


先ほどまで魔狼たちが群がっていた場所には、巨大な破壊の跡だけが残されていた。

クラウスは静かに息を吐いた。


「……凄いね」


中級魔物の群れを一撃で消滅させた。

だが、聖級の彼らにとって、それ自体は不可能なことではない。

驚くべきは、少年が顕現させた神槍の存在だった。


「……あの槍は普通じゃない」


ヴァルディスも頷いた。



ヘクトルは少年を見つめていた。


「それより、あいつ……意識がねえんじゃねえか?」


シリュウは何も答えない。

神槍が黄金の粒子となって消えていく。


しかし、神力は収まらなかった。

少年は無表情のまま振り返り、母セレナのもとへ歩き始めた。


シリュウは母の傍らに膝をついた。

右手を失い、右目を深く傷つけられ、今なお大量の血を流している。


それでも、何かに導かれるように左手を母の胸元へかざした。

三人が駆け寄る。

ヴァルディスはセレナの身体へ手をかざし、生命反応を調べた。


「……亡くなっておる」


クラウスが息を呑んだ。


「心臓も呼吸も完全に停止しておる。生命反応がない」


ヘクトルも首元へ指を当て、険しい表情で首を振った。


「……駄目だ。完全に死んでる」


クラウスは静かに目を伏せ、ヴァルディスも沈痛な表情で立ち尽くした。

どれほど優れた治癒術であろうと、失われた命を取り戻すことはできない。


それは、大聖女を含む聖級の実力者たちでさえ覆すことのできない、この世界の絶対の理だった。


その時だった。

シリュウの足元に黄金の光が生まれた。

光は円を描いて広がり、複雑な紋様を浮かび上がらせる。


「……魔法陣?」


ヴァルディスが目を細めた。

そして。

意識を失っているはずの少年が、静かに口を開いた。


「――始原の光よ。万象の根源に座し、天地の創まりを見届けし悠久の理よ。幾千の世界を巡り、あらゆる命の誕生と終焉を見守りし、永遠なる光よ。我が呼び声に応え、失われし生命の記憶を此処に示せ」


三人の動きが止まった。

幼い少年の声。

しかし、その響きには人間とは思えない威厳があった。


感情も、抑揚もない。

まるで世界そのものへ命令を下すかのように、言葉が紡がれていく。


少年の足元に、二つ目の魔法陣が現れた。

続いて三つ目。

幾重にも重なる黄金の円環が回転を始める。

ヴァルディスが息を呑んだ。


「……なんだ、この詠唱は……」


古代魔法でも、禁呪でもない。

彼の知るどの魔法体系にも当てはまらなかった。


「血潮の流れを司る理よ。肉体を形作る原初の力よ。砕かれし骨を繋ぎ、失われし血肉を満たし、朽ちゆく器を再び生命の宿るべき姿へと導け」


セレナの身体が黄金の光に包まれた。

深く刻まれた傷が塞がり、折れた骨が元の形へ戻っていく。

だが、詠唱は終わらなかった。


「悠久の時を巡る生命の奔流よ。万象を繋ぎ、魂と魂を結ぶ永遠の環よ。断たれし縁を再び結び、失われし存在を世界の記憶より呼び覚ませ」


ヴァルディスの目が見開かれた。



「……待て。今、何と言った……?」



クラウスが振り返る。



「どうしたんだい?」



「失われし存在を……呼び覚ませ……?」



魔法帝の声が震えた。


「……まさか」


少年の詠唱は止まらない。


黄金の光が空へ立ち昇った。

灰色の雲が割れ、眩い光が森へ降り注ぐ。

枯れかけた草花が芽吹き、折れた枝には新たな葉が生まれていく。

まるで世界そのものが、少年の詠唱に応えているかのようだった。


「星々に刻まれし生命の記録よ。天地に残されし魂の残響よ。汝が歩みし道を、愛した者を、待ち続ける者の声を忘れるな。死をもって終わりとする絶対なる理よ。汝が定めを否定するにあらず。されど今この時、我が意志の前に、生と死を隔てる境界を開け」


ヴァルディスの顔から血の気が引いた。


「……死の境界を……開く……?」


クラウスも息を呑んだ。


「まさか……あの子は……」


「死者を……蘇らせようとしておるのか……!」


ヘクトルが低く呟く。


「……冗談じゃねえぞ」


しかし、少年の詠唱はなおも続いた。


「永劫に閉ざされし門よ。魂を彼方へ導く静寂の道よ。我が声を聞き届け、去りし魂に帰還の道を示せ。断たれし絆を再び結び、失われし温もりを取り戻し、閉ざされし未来へ新たなる光を灯せ」


その瞬間。


セレナの身体の上空に、淡い光が現れた。

小さな光の粒は次第に輪郭を持ち、透き通る女性の姿へ変わっていく。


「……魂……?」


ヴァルディスが呆然と呟いた。

光は黄金の魔法陣に導かれ、ゆっくりとセレナの身体へ近づいていく。


空を覆う魔法陣が巨大化していく。

無数の黄金の円環が幾重にも重なり、森の上空を埋め尽くした。


ヴァルディスは呆然と見上げていた。

魔法帝として長い年月をかけ、数え切れないほどの術式を研究してきた。

しかし、目の前で行われているのは魔法というよりも、世界の法則そのものへの干渉だった。


「……こんなものを、人間が扱えるはずがない……」


「万象の根源に眠りし創世の権能よ。天に輝く幾億の星々よ。大地を巡る無数の命よ。我が意志を礎とし、我が神力を導きとし、失われし魂と肉体を再び一つに結び合わせよ。時よ、失われし瞬間を越えよ。運命よ、閉ざされし未来を開け。生命よ、終焉の彼方より再び芽吹け」


黄金の光がセレナの身体へ収束していく。

その輝きは次第に強まり、三人は思わず目を細めた。


セレナの上空に浮かぶ魂が、ゆっくりと下降を始めた。

三人は息を呑んだまま、その光景を見つめていた。

そして、少年が最後の言葉を紡いだ。


「神権奥義」


風が止まった。

木々のざわめきが消え、森が完全な静寂に包まれる。

黄金の瞳が神々しく輝いた。



「《創世神命・永劫の帰還》」



次の瞬間。


眩い黄金の光が、セレナの身体へ流れ込んだ。

魂の輪郭が肉体と重なり、輝きの中へ消えていく。

そして。


ドクンッ――!


セレナの胸が大きく脈打った。


「……っ!?」


ドクンッ――!


二度目の鼓動。

完全に停止していた心臓が、再び動き始めた。

冷たかった身体に血色が戻っていく。

そして、胸が僅かに上下した。


「……呼吸が……」


クラウスが呟いた。

一度。

そして、もう一度。

確かに呼吸をしていた。


しかし、セレナの瞼は閉じられたままだった。

意識は戻らない。

それでも、確かに生きていた。

ヴァルディスが震える手をかざし、生命反応を確認する。


「……あり得ぬ……」


心臓が動いている。

血液が循環し、呼吸も安定している。

先ほどまで完全に失われていた生命反応が、戻っていた。


「……生きておる……」


ヴァルディスは呆然と呟いた。


「間違いない……この女性は……蘇ったのだ……」


クラウスは言葉を失っていた。

どれほど強い剣を振るおうとも、死者を救うことはできない。

その無力さを、彼は数え切れないほど経験してきた。

ヘクトルも、普段の粗野な態度を忘れていた。


「……冗談じゃねえぞ。こんなもん、人間にできる芸当じゃねえ……」


ヴァルディスが震える声で呟いた。


「……神の……所業……」


誰も否定しなかった。

神槍による破壊ならば、聖級の実力者にも同等以上のことができる。


だが、死者蘇生は違う。

大聖女セラフィーナでさえ成し得ない奇跡。

人類が千年もの間、誰一人として到達できなかった領域。

それを七歳の少年が、意識を失ったまま成し遂げたのである。


その時だった。

シリュウの身体が大きく揺れた。

黄金の髪が黒へ戻り、瞳の輝きも失われていく。

膨大な神力が急速に消えていった。

神槍の顕現と死者蘇生。

その負荷に、七歳の肉体が限界を迎えたのだ。


「……まずい!」


ヘクトルが地面を蹴った。

倒れかけたシリュウを、寸前で抱き止める。


「おい! しっかりしろ!」


少年の身体は驚くほど軽かった。

右手を失い、右目を深く傷つけられ、全身が血に染まっている。


呼吸も弱い。


「ヴァルディス! こっちだ!」


「分かっておる!」


魔法帝が駆け寄り、少年へ手をかざした。


「《聖光治癒》!」


柔らかな光が身体を包み込む。

切断された右腕の出血が止まり、全身の傷が塞がっていく。

しかし、ヴァルディスの表情は険しかった。


「……出血が多すぎる。失われた右手も再生できぬ」


「右目は?」


クラウスが尋ねる。


「傷は塞げるが、視力が戻るかどうかは分からん」


ヘクトルは腕の中の少年を見つめた。


「……とんでもねえ力を持ってるくせに、自分の身体は治せねえのかよ」


ヴァルディスは治療を続けながら答えた。


「恐らく、本人の意志で力を扱っていたわけではあるまい。神力の解放から今まで、あの子には意識はなかったはずだ」


クラウスも頷いた。


「僕もそう思う」


「しかも、あの子の肉体は未熟すぎる。あれほどの力を扱える状態ではないのだ」


やがてヴァルディスは手を下ろした。


「……ひとまず命の危険は脱した。だが、早急に設備の整った場所へ運ぶ必要がある」


「エリュネだね」


クラウスが頷く。


ヘクトルはシリュウを抱き直した。


「俺のところへ連れていく。戦技院なら医療設備も揃ってる」


「お母さんの方は?」


「生命反応は安定しておる。だが、なぜ目を覚まさぬのかは分からん」


「二人とも連れて帰ろう」


「ああ。当然だ」


「……この子が、エリュシア様の仰っていた大切な存在なのかな」


ヴァルディスは静かに頷いた。


「断言はできぬ。だが、あの神槍と蘇生術……ただの人間とは思えん」


クラウスも同じ思いだった。

黄金の髪と瞳。

十字型の瞳孔。


そして、神槍《アストラ・レガリア。》


何一つとして、彼らの常識では説明できない。


「……この子のことは、慎重に扱わないといけないね」


「うむ。同感だ」


ヘクトルが二人を睨んだ。


「……そんなことは後で考えりゃいい。今はこいつを死なせねえことが先だろ」


クラウスは小さく頷いた。


「そうだね」


ヴァルディスも立ち上がった。


「すぐに出発するとしよう」


セレナをクラウスが抱き上げ、シリュウはヘクトルがその腕に抱いた。


「……ったく。面倒なことになりそうだな」


ヘクトルが呟く。


三人は森を後にした。

目指すのは、魔界に最も近い都市エリュネ。


ヘクトルの腕の中で、シリュウは静かに眠っていた。

失われた右手と、深く傷ついた右目。

そして、命を懸けて自分を守った母。


七歳の少年は、あまりにも過酷な運命に翻弄されていた。

だが、母を失いたくないという願いは、世界の理さえ覆した。


三人はまだ知らなかった。

自分たちが目撃した黄金の光が、千年もの間、誰も目にすることのなかった力であることを。


そして、腕の中で眠る少年こそが、四人の大精霊が千年もの間、待ち続けていた存在であることを。

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