第二十二話 未知。
城下町は賑わっていて、老若男女さまざまな人達が訪れていた。外国人観光客も多く、年々見かける事が増えてきた。
国宝犬山城。
1537年に織田信長の叔父・織田信康が建てたお城で、背後を木曽川に守られた難攻不落の城と言われていたらしい。
現存する木造の天守だ。
春と秋には犬山祭りというものが行われて、
複数の町内から《車山》と呼ばれる3層構造の高さ約8メートルの出し物が城下町を練り歩く。
「あ、いたいた。こっちだよ〜。」
僕は手を振った。手首に巻いた数珠がキラキラと太陽の光を反射する。
「良かった〜。人が多すぎて全然見つけられなかったよ。」
琴美さんはそう言って駆け寄って来た。
2日前に仕事の休憩中に琴美さんと話をしていて、
今週は何をするのかと聞かれたので、
城下町を散歩でもしてみようと思うと答えたところ、琴美さんも行きたいと言う事で2人で歩くことになった。
「こんなに人が多いと思わなかったよ。」
「僕も。久しぶりに来たけど、昔はもっと人が少なかったイメージ。」
城下町には色んなお店がある。
食べ歩きが有名で、特に、昭和横丁という場所は、内装が昭和を彷彿とさせる造りになっている。
狭い通路の奥の方に行くと、牡蠣が食べられるお店がある。
今日はふらりと中を見て、
気になったお店に入り、豆腐田楽を食べた。
お店を出て、出口の方にあるお団子屋さん?に行こうという事になったが、琴美さんがお手洗いに寄りたいと言ったので、僕は奥に設けられているイベントスペースに向かう。
ここは机と椅子があり、小休憩にはちょうどいい。
空いている席があり、腰掛ける。
「どわぁ!」
お尻が何かに当たり、背後から声が聞こえた。
「ええ!?」
僕は慌てて立ち上がり振り返る。
先ほどまで誰も居なかった椅子に、頭がツルツルで下駄を履いていて、和服を着たおじいさんが座っていた。
僕はおじいさんの膝の上に座ってしまったようだ。
「あわわ。すみません!ちゃんと確認出来てなかったみたいです。ごめんなさい。」
僕はすぐに頭を下げて謝罪した。
「あ〜いやいや、こちらこそすまないね。同時に腰掛けてしまったようだ。」
おじいさんも立ち上がって丁寧に頭を下げた。
おじいさんは僕よりも背が低くく、頭が少し大きかった。
「本当にごめんなさい。お怪我や、お荷物は無事でしょうか?」
僕は万が一の事があるといけないので尋ねる。
「ほ〜。最近の子にしては気遣いが出来ているな。素晴らしい。怪我も無いし荷物も無事じゃ。ありがとうの。」
おじいさんは胸の前で腕を組み、片方の肘を立てて顎を摩りながら感心していた。
「なるほどなるほど。好かれる理由も分かる気がする。」
ぼそっとおじいさんが言った。
「え?」
「いやいや独り言じゃ。お気になさらず。」
「お待たせ〜。ごめんね。」
琴美さんが帰ってきた。
僕は振り返り、
「全然大丈夫だよ。」
と声を掛けて、もう一度おじいさんの方を見る。
おじいさんは消えていた。
「アレ?」
僕は周りを見渡すが、おじいさんの姿は無い。
「どうしたの?」
「あ、いや…ちょっとね…。」
(疲れてるのかな?)
僕たちは、出口付近にある団子のお店に寄った。
僕は普通のみたらし団子を。
琴音さんはなんだかカラフルな色をしたフルーツ団子?を買っていた。
城下町を犬山城に向かって歩く。
途中で目に入ったお店に入ったりして楽しい時間を過ごした。
人混みに疲れたので、目に入ったベンチに腰掛ける。
「ふぅ。歩くだけでも一苦労だね。」
僕は琴美さんに言う。
「ねぇ〜。週末はずっとこんな感じなのかな。」
そう答えた時琴美さんのスマホが鳴った。
琴美さんは、
「お母さんからだ。ちょっと待ってて。」
そう言って立ち上がり電話をする。
周りに人が居て聞き取りづらいのか、歩きながら建物の影に消えていった。
僕はベンチでぼーっとする。
しばらく人の往来を眺めていると、隣から声がした。
「休憩かな?」
声のした方に顔を向けると、先ほどのおじいさんが居た。
「あ、さっきはどうも。」
僕はおじいさんに会釈する。
おじいさんは僕の隣のベンチに座り、猫を撫でていた。
「歩きっぱなしは疲れるからの。」
「ええ。こうしてゆっくりする時間の方が好きかもしれません。」
「奇遇じゃな。儂もだ。猫のように気まぐれで物事を決める。それぐらいがちょうどええのう。」
「確かに。」
突然猫がスクッと立ち上がる。
キジ白(キジトラに白斑)の猫だ。ぐぐーっと伸びをして、首を振り僕と目が合った。
「あ。」
おそらくこの子は猫神様だろう。
目がとても綺麗で吸い込まれそうな感覚がある。
その瞬間に、猫神様は僕の肩に飛び乗った。
(やっぱりだ。)
視界の色が温かみを増して、セピア調になった。
世界がややスローモーションになっている。
セピア調の中でも、青色だけが彩度を上げてサファイアの様な煌めきを放っている。
前を歩く人の青色のピアス。
子供が持っている飴の青い部分。
靴に、カバンに、時計やキーホルダー。
青色だけが抜き出された世界。
「すごい。こんな事もあるのか。」
「全く。」
そう声が聞こえた瞬間に、肩の上の猫神様は、おじいさんに回収されてしまった。
しばらく沈黙した。
そして、
「え?」
ようやく整理が追いついてきた。
(この人、裏の世に入ってきた!?)
僕が驚いておじいさんを見ていると。
「バレちゃったか。」
そう言って、てへっと笑い、おじいさんは自己紹介をした。
「儂は、ぬらりひょん。妖怪の中で唯一、無条件でこちらに来れる者。お主は陰陽師か?」
僕は驚いて反応が出来なかった。
「よし。ゆっくりで良い。宛ての無い旅の途中だ。時間はある。」
「あ、いや、陰陽師では無いです。」
ワンテンポ遅れて話す。
「手の数珠は式神では無いのか?」
「あ、コレは貰い物で、お守りです。」
「強力なお守りじゃのう。猫神様だけじゃ無い。陰陽師にも好かれるか。あ、そうだ。驚かしてすまんの。敵意は無い。安心せぇ。」
「そ、そうですか…。」
ようやく、脳が整理を終えた。
「無条件で現世に来れる?」
僕は独り言の様に聞いた。
「おお。落ち着いてきたな。頭の回転は、早いと見える。左様。妖怪では儂しかそれが出来んのだ。」
そこまで言うとぬらりひょんは前を見て、
「おっと。今日はここまでじゃな。またどっかで会おう。猫神様の加護を受けた者。」
「お待たせ〜。お母さんに帰りにスーパーで買い物してきてって言われちゃったよ〜。」
琴美さんが戻ってきた。
一瞬だけ琴美さんに視界を持っていかれた。
すぐに向き直すが、すでに姿は無かった。
「どうしたの?今日、なんか変だね?体調悪い?」
琴美さんは後ろからゆっくりと話しかけてきた。
「琴美さん。仁美さんの連絡先知ってる?」
僕は聞く。
「え?仁美先輩?知ってるけどなんで?」
「おばあさんに聞きたい事があるって伝えてくれないかな?急ぎじゃなくても大丈夫なんだけど、頼める?」
僕は両手を合わせてお願いしてみた。
「良いよ?でも急だね。どうしたの?」
「前に聞き忘れたこと思い出しちゃってさ。気になるとちょっと落ち着かない性格で…。ごめんね?」
まだまだ明るいうちに、妖怪に遭遇したのでとても変な気持ちだ。
そして、ぬらりひょんの敵意は無いことに嘘は無いと思われる。
お札も無事だ。
しかし、ただ者では無い事だけは分かる。
僕の胸は高鳴っていた。




