第二十一話 裏の世とは。
僕が足を崩して待っていると、ミケポンが先に帰ってきた。
ミケポンは、僕の胡座の上で丸くなった。
「君は何千年も前から受け継いだ使命を全うしてるんだね。」
僕はミケポンを撫でる。
尻尾がゆらゆらと揺れていて、ゴロゴロと喉を鳴らして気持ちよさそうだ。
「あんた本当にすごいね…。うちのミケが家族以外でそこまで好くのは初めて見たよ。」
智子さんは、お茶と和菓子を持ってきてくれた。
「ありがとうございます。すみませんなにからなにまで。」
「いいの。気にしないで。食べながらでいいから。」
そう言ってお茶を啜って智子さんは話を続けた。
「裏の世についてね。あの世界についてはほとんど謎で、まだ分からないことだらけね。完全に解明はされていないの。猫神様が創り出した世界というのが仮説としては1番濃厚。」
「まだ仮説の段階なんですね。」
「そう。《あの世》とも言われているわ。」
「あの世。」
「妖怪が何故住んでいるのか。何故色鮮やかに見えるのか。正直分からないわ。でも、陰陽師としてなら、何度も行ったわね。あなたみたいに観光なんてした事無いわ。」
智子さんは少し羨ましそうに言った。
「妖怪退治。ですか?」
「そんな所ね。さっきも見せたけど、猫神様が居なくても裏の世に行けるのは日本には5本の指でも余るほどしかし居ないのよ。私を含めて。」
智子さんは少し得意げだった。
「猫神様の招待が絶対条件じゃ無いんですか?」
僕は驚いた。
「ちゃんとした手順を踏めば入れるわ。たまたまや偶然では絶対に不可能な手順でね。」
「どうやって…。」
「猫神様の匂いと結界の境目とそれを開ける道具があるの。」
そう言って智子さんは、お札を出した。
お札は真っ暗な紙に金色の文字が書いてあり、その上から赤い色で細くなぞった様なもので、
文字というより、模様?の様なものが縁を囲んでいる。
「特殊な工程で作られた紙に正確に印を書けば完成。これが、往復の切符の様な役割を果たすと言えば分かりやすいかね。」
「何だか禍々しい見た目ですね。」
「さっきもコレで追いかけたって事。」
「結界の境目は見えるんですか?」
「修行を積めばそれなりに。でも体力を使う事になるから、あまりしないの。この部屋は結界の境目に作られた場所で、私の座る位置がちょうどその境目になる。」
僕は目を凝らしてみるが境目らしきものは見えない。
「妖怪退治ってどんな事するんですか?」
境目を諦めて話題を変えた。
「お父さんお母さんに怒られた事ある?あんな感じ。」
「だいぶポップに表現しますね。」
「その妖怪によって対処が違うからね。説明が難しいのよ。」
智子さんは、お茶を啜る。
「以前、豊田市で河童の三兄弟に会いました。陰陽師に対していい思い出が無いそうで、とても酷い目にあったのかなと。」
「嘴の欠けた河童居なかった?」
「え!?居ました!」
「それ私ね。もう40年前じゃ無いかな?ババア呼ばわりされてついつい…。」
(お父さんも、おじいちゃんに似た様な理由で拳骨喰らったって言ってたな…。)
「さて、それはさておき、本題に入ろうか。
君に出来れば選んで欲しい事があります。」
智子さんは姿勢を正して僕に問いかけた。
「何でしょうか?」
僕も背筋を伸ばす。
「まず、前提のお話ね。
裏の世にコレからも行く事があると思う。無いかもしれないけれど。妖怪が君を襲わないとは限らない。」
「猫神様が付いていてもですか?」
「君は賽銭箱荒らしをした事あるかい?」
突拍子もない質問に慌てながらも否定した。
「いやいや!無いですよ!そんな罰当たりな!」
「普通はそう思うよ。でもね、世の中にはそれを平気でやる人間がいるんだ。妖怪も例外じゃ無い。猫神様がいくら立場が上だとしても、馬鹿な連中は立場を尊重しない。」
確かに、それはそうかも知れない。
高山であった鶴瓶落としだって、猫神様が居なかったら正直どうなっていたか分からない。
驚かすつもりと言っていたが、身の危険を感じたのは否定できない。
「そこでだ。
その1。
陰陽師になるつもりはないか?という事。
その2。
君に簡易的な道具をいくつか作ろうと思う。
ただし、私が生きている間だけしか、効力を持たないし、修理もそうなる。
陰陽師の力は個々の波長が異なる。私の作った道具を他の陰陽師には直せない。
その3。
裏の世になるべく行かない。
ここに猫神様の能力を無効化する数珠がある。原理は分からないが、とある木で作られた数珠を身に付けると猫神様の結界に入る事が出来なくなる。」
そうして智子さんは、仁美さんがつけていた数珠とそっくりな数珠を取り出した。
「あ、この数珠。仁美さんのと同じですか?」
「そうだよ。あの子はまだ未熟でね。コレは私のただの過保護さ。」
「1番を選んだ場合はどうなるんですか?」
「修行だね。基本は妖怪退治の専門家を目指す。と言った方が分かりやすいかな。2番はそれなりに金銭的に負担がかかる。私もタダでは作れないね。結構手間なんだ。3番に関しては、仁美から事情を聞いてるから、お金は要らないよ。ただし、身に付けると、猫神様と遭遇しなくなる。そのうちだんだんと縁が切れるさ。
この材質が嫌いみたいだからね。コレは強制じゃ無いよ。選んでもいいし、選ばなくてもいい。仁美のお願いだから顔を立てたまでさ。」
僕はしばらく考えた。
別に妖怪を退治したいとは思わない。
ただ、言い分はわかる。
1番良いのは2番だが、まぁあまりお金は使いたく無い。
3番は手軽ではあるものの、正直1番無い。
「ちなみに数珠を裏の世で装着した場合はどうなるんですか?」
「分からない。ただ、1つ怖い事を言っておこうか。現世でこの木が生えている場所は、裏の世に行くと無くなっている。排除の対象と考えて良いだろう。消される可能性もある。」
「怖いですね。分かりました。全部お断りします。妖怪を退治したいわけじゃ無いし、お金も持ってません。3番に関しては論外です。」
「言うと思ったよ。ちょっと待ってな。」
そう言うと智子さんは立ち上がって、別室に行った。
2分ほどで戻って来た智子さんの手にはさっきとは違う数珠がある。
「意地悪言って悪かったね。裏の世には行ったことあるやつしか分からない魅力がある。私も出来ることなら妖怪と争わない世界が良いんだ。」
そうして智子さんは僕に数珠を渡して来た。
数珠は赤と黒と透明の石で出来ていて、球自体は小さいがかなり重く感じた。
「コレはいったい…。」
「この数珠は、簡易的な式神を呼ぶ魔法陣みたいなものになってる。命に関わる事があったらそれを千切りなさい。」
「良いんですか?こんな貴重なもの。」
「そうでも無いさ。その辺で買った数珠に式神の一部を閉じ込めただけ。作ろうと思ったら10分あれば出来るよ。」
「コスパ良すぎませんか?」
「その代わり式神自体はそんなに強く無いからね。時間稼ぎ程度さ。切れたらまた持っておいで。生きてるうちは新しいのあげるよ。あと一応お札3枚ぐらい持って帰りな。コレはセンサーの役目ぐらいにしかならないけどね。」
肝試しで使ったお札だった。コレは結構良いなと思っていたのでありがたい。
「ありがとうございます!」
そうして僕は智子さんに挨拶をして帰路に着く。
沢山の情報が一度に入って来て正直処理がまだ追いついていない。
僕は信号で止まるたびに数珠を眺めた。
かなり心強い御守りがもらえた。
非日常が心を踊らせる。
西日が眩しい。




