第二十話 猫神様とは。
「さて、どこから話そうかね。」
智子さんはミケポンを撫でながら言った。
僕は智子さんの言葉を待つ。
「まずは猫神様について話そうか。仁美。この子の隣に座って。あんたにも教えてあげるけど、そこに居たら話しづらいわ。そういえばお友達は大丈夫?」
仁美さんは僕の隣に移動して座る。
「一応、長くなるかもとは言ってあるから大丈夫だと思う。」
そう聞いて、智子さんは頷いて続けた。
「あまり待たせても悪いわ。仁美は猫神様の説明を聞いたら部屋を出なさい。今日はこの子に時間をかけてあげたいわ。」
「うん。分かった。」
「さっきも言ったけど、猫神様あっての陰陽師。私達の世界では猫神様の方が立場は上よ。」
意外だった。
僕は対等か陰陽師よりやや低い位置に居ると思っていたのだ。先日あった河童の三兄弟が陰陽師を、恐れて、猫神様にはどちらかというと友好的だったからだ。
「猫神様の下に陰陽師が居て、その下に妖怪。でも妖怪と私達の差は雲泥の差があるとも言っておくわ。」
ミケポンが喉をゴロゴロと鳴らした。
智子さんは一瞬だけミケポンの方を見て、また話し始めた。
「猫神様はどちらかと言うと、式神に近いわ。
わかる?式神。」
式神 /(しきがみ)は、
陰陽師が使役する鬼神。人心から起こる悪行や善行を見定める役を務めるもの。
文献によっては、式鬼、式鬼神ともいう。
智子さんは、式神の説明をして話を戻す。
「使役のできない式神ってところね。何故なら猫神様達は主人を持たないから。《ただ1人を除いてね》。あくまでも個々の判断で私達陰陽師の力になってくれるかどうかを決めているの。ようは気まぐれ。」
「1人を除いて?」
言葉の意味が分からなかったがすぐに判明する事となる。
「猫神様が複数居る理由は知っているかい?」
智子さんは仁美さんに聞いた。
「え?ウチ?…いやぁ…。なんとなくそういう能力を引き継いだ猫達が繁殖したから?」
「あんたはどう思う?」
智子さんは仁美さんの発言に少し眉を顰めて僕に問いかけた。
「気狐って分かりますか?」
僕は聞いた。
智子さんは頷く。
「京都の気狐に会った時に聞いた憶測なんですが、結界の役目をしているのでは無いかと言っていました。」
「ほう。すごいね。どうやって辿り着いたか知らないが、頭のいい狐だね。
概ね正解さ。
猫神様は、陰陽師の始祖、《安倍晴明》が各地域の結界としての役割を任命し、能力を与えられた存在とされている。」
「何故猫に?」
「《猫神様が猫神様として選ばれた理由》。猫である理由は分からない。が、昔から猫は
《あの世とこの世をまたぐもの》と言われていたようだからそれも関係あるのだろう。もう一つは、結界の効力の自動更新さ。」
「自動更新?」
「そう。結界は時が経つと効力が薄れる。それを数年から数十年に一回結び直す事があるのだけど、それを猫自身の能力として受け継ぎ、その猫が役目を終えたら、老いたり、亡くなった場合1番近くに居る飼い猫以外のより若い猫に力が継承されるようになっている。コレが結界の寿命となる。これは結界術より、呪詛に近いものだ。」
(猫神様は、安倍晴明の結界。または呪いだったのか。)
「各地に張り巡らされた結界とは元々は何かを封印したり、寄せ付けないためだったりする。そこの理由までは私達に伝わっていない。
何故結界を張ったのか?それは安倍晴明のみ知る事だね。」
猫神様の壮大な生い立ちと使命に少しかっこいいなと思ってしまった。
「現代の陰陽師は、インチキや、力の無い者が、増えてきて猫神様の能力無しではまともに活動できなくなった。だから陰陽師としての最初の修行は、猫神様に好かれる事から始まる。」
「好かれる事や、裏の世に行く事自体は害じゃないってさっき仰ってましたね。」
「そう。この最初の修行が最難関なのさ。懐かれるとは違う。好かれなくちゃならない。どういう意味か分かるかい?」
「招待されるって事ですか?」
「あんたウチに嫁いだらどう?
話が早くて助かるよ。その通り。裏の世は、猫神様が行ける唯一の自由空間なのさ。結界の内側とでも言おうか。そこに招待されて初めて好かれている事を確認出来るのさ。アンタは好かれているよ。かなりね。」
僕は少し照れてしまった。
智子さんは、仁美さんを見る。
「仁美。そろそろお友達の所に行ってあげなさい。」
仁美さんは頭がこんがらがっているようだ。
確かに言葉で聞くと訳が分からない。
しかし、体験したからこそ僕も分かる。それだけなのだ。
「う、うん。とりあえず猫は大事にしろってことね。りょーかい。」
仁美さんはそうして首を傾げながら部屋を出て行った。
「まぁ無理もないさ。見たこともない世界を本や言葉だけで理解できない事と一緒だからね。」
「僕も体験したからこそ飲み込める情報だと思っています。」
「その体験が1番な難関なのさ。コレを超えてこない事には陰陽師としての土俵にも上がれない。」
智子さんの口調は優しかったが、口から出る現実は厳しいものだった。
「猫神様が、飼い猫だとなれない理由は話したかな?」
「まだ伺ってません。」
「失礼したね。何となく分かると思うが、主人がいるからさ。猫神様の主人は安倍晴明ただ1人。猫は主人を鞍替えしない。この世に居ない主人の命令をひたすら遂行する。もはや呪いだね。」
そうして、ミケポンを撫でる智子さんはどこか寂しげだった。
「だから猫神様個人に好かれないといけないの。
要は友達になれって事かね。主人と友達なら、立場は違えど、想いは自由だからね。」
「……。」
先ほどかっこいいなどと思った軽率な気持ちを後悔した。
猫神様は、かなり悪い言い方をすると、道具として任命されたのだ。
この残酷な運命を。
「陰陽師が猫神様を飼えるってのは、少し違う。
猫神様と生活を共に出来るほど友達になれた人間。好かれた人間が陰陽師になれるのさ。私が知っている事はこれぐらいかね。」
智子さんはそう締めくくって、しばらく寂しそうな顔でミケポンを撫でた後に、手をパンと叩き、気持ちを切り替えた。
「さて、次は裏の世について。その前に飲み物持ってくるよ。お茶で良いかい?」
智子さんは立ち上がる。
「僕も手伝いますよ。」
そう言って立ちあがろうとしたが、無意識のうちに畏っていたのか僕は正座で座っていた。
足が痺れて動けない。
「アッハッハ!愉快な子だね。気持ちだけ貰っておくよ。待ってなさい。」
そうして智子さんはミケポンと一緒に部屋を出て行った。




