第十九話 三毛猫。
帰りのバスの中はとても静かで、ほとんどの人が寝ていた。
僕も、ダイも。
昨日、みんなが帰って来てから外に飲みに行こうという話になり、男だけのメンバーで町に出た。
お酒の席はなかなか盛り上がり、気づけば日を跨いでいた。
僕たちは、今日のバスの時間があったので切り上げたが、あの勢いなら朝まで飲んでいただろう。
二日酔いの人。シンプルに睡眠不足の人。
一睡もしないで、部屋でボードゲームをやっていた人。それぞれが旅行を最後まで楽しんだ。
楽しい時間というのはあっという間で、運転手さんのアナウンスが聞こえて僕らは目を覚ます。
会社には15時10分頃に到着した。
日の長い夏の季節なので、まだ昼かと思うほど太陽は照っている。
支部長が軽く挨拶をし、解散になった。
ダイともここで別れた。
自転車置き場で待っていると、琴美さんと、仁美さんが歩いてくる。
「お待たせ〜ほんじゃあ行こっか。すぐ近くだからさ。」
仁美さんはそうして歩き出す。
「よろしくお願いします。」
そう言って僕は後に続き、琴美さんは隣を歩いた。
「仁美さんに呼ばれたの?」
琴美さんは僕に聞いた。
僕は、仁美さんがどこまで話しているか分からなかったので、僕の意思だけを話す。
「おばあさんの話を聞きたくてね。僕がお願いしたんだ。」
「へぇ〜。そういうのも興味あったんだ。」
20分ほど歩くと、少し年季を感じる大きな木造建築の一軒家に到着した。
僕は自転車をどこに停めたら良いのか聞いて、教えられた場所に停める。
すると玄関がガラガラと開いて、中から仁美さんのおばあちゃんと思われる人が出てきた。
玄関の前に居た仁美さんが、
「ただいま〜。お土産あるよん。」
と言って、
琴美さんは
「おじゃまします。」
そう挨拶する。
「こんにちは。おじゃまします。」
僕も挨拶をした。
この一連の流れを無視して、おばあさんは僕をじっと見ていた。
仁美さんの方を向いて口を開く。
「あんた、すごい子連れてきたね。」
玄関を入ると、目の前を横切る廊下があり、
右手側が台所。左手側に階段とトイレがある。
廊下をそのまま進むと、突き当たりに大きめの畳の敷かれた部屋があった。
全く何も無い空の部屋だ。
仁美さんは、琴美さんを2階の自分の部屋へ案内して、
僕はその畳の部屋に通された。
少し待っていると、おばあさんと仁美さんが入ってきた。
仁美さんのおばあさんの名前は、
《智子さん》。
生まれた時から陰陽師の家系で、跡取りは仁美さんだそうだ。
「この子はまだまだ修行が足りてないけどね。」
そう言って智子さんは仁美さんを見た。
「あはは〜。精進します。」
仁美さんがしゅんとする。
智子さんはいきなり核心を突いてきた。
「猫神様に会えたんだね。あんた。」
そう言って僕をまじまじと見る。
「猫神様?」
仁美さんが聞いた。
「あんたにはまだ早いから教えてなかったんだけどね。簡単に言ったら、猫さ。神秘的な力を持つ猫の事を猫神様と言うの。陰陽師と猫神様は切っても切り離せない運命にある。猫神様あっての陰陽師だからね。」
智子さんは、続ける。
「良い機会だ。見せてあげるよ。」
そう言って、小さくチッチッと舌打ちをする。
すると、部屋と庭を仕切る縁側から、猫が来た。
三毛猫だ。
瞳がとても美しく、気品があり、少し丸々としている。
「ミケポンじゃん。……………え、…まさか…。」
仁美さんは智子さんの方を振り返った。
「うちで飼っている猫なんだけどね。猫神様だよ。」
智子さんは仁美さんに答えを教えながら僕にも教えてくれた。
ミケポンと呼ばれた猫神様は、僕の方に歩いてきて、鼻をスンスンとして、観察していた。
「仁美。すぐに帰ってくるから慌てるんじゃないよ。」
智子さんがそう言った瞬間に、ミケポンは、僕の肩の上に乗った。
そして、またあの瞬間が訪れた。
視界の彩度が端っこの方からパズルのようにパリパリと上がっていく。
日焼けした畳が若草色になり、部屋に入り込んでくる日差しが、銀色の優しさを感じるミストの様な状態になる。
仁美さんが慌てているのが見えるが、こちらの様子は見えておらずに、しどろもどろとしている。
しかし僕が1番驚いたのは、智子さんが僕を認識していた事だった。
仁美さんとは、ややトーンが違う様に見える。
智子さんも裏の世に入ってきたのだろう。
「ふふ。やっぱりね。」
智子さんはクスリと笑った。
「裏の世で人と話すのは初めてです。」
僕は驚きながらも何とか口を開いた。
「ほう。裏の世と言う言葉も知っているか。なら会ったんだね。妖怪に。」
「はい。僕があった妖怪はとても良い人?ばかりで、とてもお世話になりました。」
「そうかい。しかし、ミケがこんなに簡単に招待するとはね。流石に私も驚いたよ。あんたよっぽど好かれている様だね。」
僕はその事について、ずっと思っていた事を聞いた。
「良い事なのでしょうか?」
「ん?」
智子さんは首を傾げた。
「猫神様に好かれる事は良い事なのかとずっと疑問に思っていました。正直なところ、正体も分からないままで、僕自身はとても有意義な時間を過ごしていますが、その……。ハッキリ言いますと、
猫神様が良い猫なのか悪い猫なのかがずっとわかりません。」
猫神様自体が僕に害がない事は知っているが、
僕が勝手にそう思っているだけで、実は危険な存在なのでは無いかと思っていた。
都合が良すぎるのだ。僕にとって。
妖怪から護られ、神秘的な景色を見せられ。
対価で魂でも持っていかれるのでは無いかとそう思っていた。
「良い判断だ。危機管理がなっているね。」
そうして智子さんは指を鳴らす。
パチーン
音が木霊して、空気に澄み渡る。
まるで明鏡止水に水滴を一粒落として、その時の波が何重にも重なり波紋を描く様な。
ミケポンが飛び降りて、智子さんの膝の上で丸まった。
「どわぁ!びっくりした!」
仁美さんの声がして、現世に帰ってきた事を理解した。
智子さんは構わず続ける。
「結論から言おうか。猫神様に好かれるという事。裏の世に出入りするという事自体に害は無いよ。」
少し引っかかる言い方をした智子さんは、
この後、智子さん自身が知っている事を全て教えてくれた。
先ほどまで居た空間が当たり前かのように振る舞う姿を見て、
(この人は、いったい何を見てきたのだろう。)
そう思う。
好奇心が止まらなくなった夏の夕暮れ。




