第二十三話 ぬらりひょん。
「ぬらりひょんか…。」
智子さんは呟いた。
少し、考え事をしている様に見えるが、
「大丈夫だろう。」と話し始めた。
「“今は”害のある妖怪じゃ無いよ。」
「今は?」
僕は膝の上にミケポンを乗せながら撫でていて、
以前お邪魔したあの畳の部屋で智子さんと話していた。
「そう。今はね。平成後期に妖怪退治の依頼が全国に殺到した時期がある。ぬらりひょんが、人間界に進出しようと企てたのさ。」
「何の為にですか?」
「まず一つは、力を誇示する為さ。」
「誇示する為…。」
意外だった。何故なら僕が会ったぬらりひょんは、とてもそんな事を考えるような妖怪には見えなかったからだ。
「ぬらりひょんは、妖怪の総大将と呼ばれている。しかし、歴史を辿るとそんな事実は無いんだよ。」
「でも、全国規模で妖怪を操る事ができたんですよね?」
「ああ。そうだね。妖怪が妖力を高める方法は知っているかい?」
「別の個体を認知するか、人と話す事ですか?」
「そうだ。しかし、ぬらりひょんは、別個体が居ない、唯一無二の存在。いや、そうなったとでも言うか。」
「昔は違ったんですか?」
「うーんと昔ね。ぬらりひょんは、誰からも認知される妖怪では無かったんだ。元々は。そうすると、力の弱い個体から消えていく。そうして最後まで残った個体が今のぬらりひょんさ。」
「その、ぬらりひょんが何故、そんな力を?妖力は弱まる一方じゃないですか?」
「本来はね。しかし、妖怪をまとめたある本がきっかけでぬらりひょんは力を増すことになる。
妖怪をまとめた図鑑のような物があってね。そこに、何故かぬらりひょんは、妖怪の総大将と明記された。」
「妖怪の図鑑……。」
「個体数の少ない妖怪は、人間の認知能力だけで生き延びる術を知った。」
智子さんはお茶を一口飲んだ。
「人間と話すと言うこと…とは別にって事ですか?」
「そうだね。」
「でも、その図鑑だけでそれほど大きな力を得る事は難しく感じるのですが…。」
妖怪という文化は正直、マイナーな気がする。
その図鑑自体も、僕は今聴くまでそんな物があると知らなかった。
「アニメや漫画さ。」
智子さんがそう言って納得してしまった。
「そう言った趣旨の物が人の目に触れだした事で、会話の中や人の中にぬらりひょんの存在が認知されてしまったのだよ。クリエイター達は、その図鑑を元にアニメや漫画の制作をしたのさ。」
「なるほど。僕も一作品だけ知っています。」
「そうだろう。認知のされ方にも原因がある。
ぬらりひょんを妖怪の総大将として描かれた作品を読んだ者は、そう認知してしまう。」
「ぬらりひょんを妖怪の総大将にしてしまったのは“人間”なんですね。」
「そういう事。奴が現世にふらりと現れる事ができるのは、人間の認知が呼び起こした能力と言っても過言では無いだろう。しかし、ぬらりひょんが急激に力をつけた事が逆に奴の弱点になったのさ。」
「弱点?」
「力をつけて傲慢になり、奴のたてた作戦は穴だらけだったのさ。ひと月ほどで元凶に辿り着き、私たち陰陽師に退治される事になった。」
「封印とかは無かったんですね。」
「実体化してしまっていたからね。出来なかったんだよ。」
「実体化?」
「奴のもう一つの目的。いや、本来の目的は生き続ける事。人の認知に頼らずに存在し続ける事が目的だったのさ。何度も消えた個体や自分自身も消えかけた事があるんだろう。奴は強大な力を誇示して存在を示し、力が残るうちに、自分の存在に肉付けをして永久の命を手にした。ここまでくると封印はできないね。」
「またクーデターを起こすんじゃないでしょうか?」
「今後700年は大丈夫さ。陰陽師と縛り、まぁ約束のような物を結んだからね。破ればぬらりひょんは何かしらの対価を払うこととなる。」
「対価というのは?」
「分からない。でも、ぬらりひょんにとって1番恐れている事が起こる。というのは分かる。縛りとは、自分の全てや一部を差し出して結ぶ約束だからね。」
「なるほど。」
侮れない妖怪であると思った。
力を誇示するのは偽の目的で、本当の目的。魂の肉付けを悟られないようにしたのでは無いかと思う。
「智子さんは、ぬらりひょんに会った事あるんですか?」
「ひと目見ただけだね。ぬらりひょんが起こした進出で、各地に出た妖怪の対応をしていたからね。私が奴の所まで駆けつけた時には、すでに縛りを結んだあとだったよ。」
「そうだったんですね。」
「ぬらりひょんは、どう見えた?」
「…。普通のおじいさんに見えました。」
「私もそう思った。戦争が終わったあと、やたらと素直だったからね。正直拍子抜けしたよ。」
僕が智子さんと話したのはここまでだ。
僕は帰路に着く。
ぬらりひょんには、猫神様が懐いているように見えたので、おそらく害は無いだろうとは思うが、
本心は分からない。
最後に
「またどっかで会おう。猫神様の加護を受けた者。」
そう言っていた。
「次会ったら少し話をしてみよかな…。」
そう呟きながら自転車のペダルを踏み込んだ。
やっぱり妖怪は面白い。




