第十七話 釣瓶落とし。
僕の周りは突然静寂に包まれた。
先ほどまで緊張していたのが嘘のように僕は落ち着いている。
僕の目に映る景色はとても綺麗なもので、
真っ暗だった森林は、藍色をベースにした落ち着いた色になり、木や、葉っぱの影は逆に朱色に落ち着く。真後ろにあった、《血の木》は、焦げ茶色をベースとし、木の皺一本一本が金色の輝きを放つ。
薄暗く上から照らされたような、この木自体が光っているような発光は淡い水色のようだ。
良い表現をすると、某有名画伯の作品のような色遣いで、悪い表現だと、子供の塗り絵の様な色遣いだ。
しかし、そこに神秘さや異形さが加わる事によって、幻想的な空間に仕上げられた。
ドスン!
そう音がなった瞬間に、頭の上に乗った先ほどの影が唸る。
「シャアーー!!」
猫神様が頭の上に乗っていた。
まだ姿を拝見していないが、影を見る感じだと、少し小ぶりで、スラっとした印象を受ける。
しかし、その影は毛を逆立てて、今にも飛びかからんとする様な臨戦態勢だった。
声が聞こえた。
「うわぁ!間違えた!おまんら!猫神様だったど!」
そう言って目の前に、4つの大きな顔が現れた。
僕の身長ほどある顔だけの男達は猫神様に向かって額を下げる。
「ヒェー!すみませんだ!少し人間を驚かそうとしたのが猫神様だとは思わなかったんですぅ!」
猫神様はしばらくの間、説教をしているかの様に
「ウゥ〜…ニャムニャム。ウー……。」
と唸った。
その後に逆立てた毛を下ろして、僕の頭の上で毛繕いを始めた。
空気が柔らかくなった。
4つの顔の男達は恐る恐る顔を上げてホッとした表情を見せた後に、僕を視界に留めて固まる。
僕は慣れた光景だったので、挨拶をした。
「こんばんは。人間です。お騒がせしてすみません。」
10秒ほどの沈黙の後、
「あんれ〜!?間違ってねぇのか?どっちだべさこれわ?」
そうして口を開いた大きな顔は、困惑していた。
僕は、自己紹介した後に事の経緯を話した。
旅行でこの土地に来たこと。
肝試しでたどり着いたこと。
悪さをするつもりは無かったこと。
猫神様の招待が初めてではない事。
全てを伝えた。
すると、大きな頭の男達は、ある程度納得して、口を開いた。
「まさか、猫神様の招待を受けた客人とは知らずに申し訳ない事をした。すまん。」
そうして、4体?の男は額を地面に傾ける。
「俺たちも人間を襲うつもりは無かったんだが、久しぶりに見たもんだから、ついつい舞い上がってしまったんだべ。申し遅れた。俺たちは、《釣瓶落とし》と呼ばれるものだ。」
《釣瓶落とし》達はそう言うともう一度頭を傾けた。
「いえいえ、そんな。僕らも不用意に立ち入ってしまったので、こちらこそすみませんでした。」
僕も頭を下げた。
猫神様は依然大人しくしていて、どうやら出番は終わった様だ。
「しっかし、驚いたな。まさかこうして人間ともう一度話すことができるなんてさ。」
「しばらく人間とは会ってないんですか?」
「んだ。ここは特に人が来るよな場所でもねぇがらな。こんな事言っちゃ申し訳ないが、何もないところさ。」
「そんな事無いですよ。そういえば、この《血を流す木》は、釣瓶落としさん達と何か関係あるんですか?」
気になったので聞いてみた。
「いんや。この木は、もともと別の怪異さ。俺たちがたまたま縄張りにした木がこの木だったたけだべ。コイツのことはよくわがらん。」
「へぇ〜。そんな事もあるんですね。」
それぞれの怪異と妖怪が1つの場所で共存する事実にシンプルに感心した。
しかし、この木は、今の所血を流してもいない。
「血が流れてる様には見えないですけど、そう云うところは見た事ありますか?」
「何度かあるべ。でも傷つけたりしない限りは血なんて滅多に流さね。」
「あー。そう言う感じなんですね。じゃあ僕には見れそうに無いな。」
自分から木を傷つけたりする事はこの先も一生無いだろう。なんとなく可哀想だからだ。
仕事やそういう必要性がない限りは。
「オメェ優しんだな。」
釣瓶落としの後ろの方にいた顔が言った。
「そんな事無いですよ。」
「いやぁ。あると思うど。猫神様が懐いてるのがその証拠だ。」
釣瓶落とし達は、「んだんだ。」と頷きながら猫神様を見た。
「人が来るといつも驚かすんですか?」
僕は話を変えた。
「毎回って訳じゃねぇべさ。でもほんの出来心でな。さっきも言ったが久しぶりに人間を見たがら、ついつい舞い上がってしまっだ。」
「ダメですよさっきみたいなのは。また猫神様に怒られちゃいますよ?」
「反省じます。」
随分と聞き分けのいい妖怪に僕は少し可笑しくて笑ってしまう。
「素直なんですね。」
「猫神様に怒られちまったからな。」
「ちょっと怖かったですけど、僕は怒ってないですよ。」
正直言うと、少しワクワクはしたと言っておこう。
怖い事は怖かったが、非日常感は充分に味わえた。
釣瓶落とし達は、2度と乱暴な驚かせ方は、しないと約束して、木の上へと帰って行った。
猫神様は、まだ動く気配がなかったので、
僕は《血の木》に近づいて謝罪した。
「騒がしくしてごめんなさい。傷つけたりするつもりは無いから安心してください。」
すると、返事のつもりなのか、たまたまなのか、
上空から季節外れの桜の花びらの様なものがサラサラと降ってきた。
それはとても美しく、雪や蛍を思わせる様な優しい色をしていて少しだけ光っている様に見えた。
「うわぁ。綺麗。」
そう感想を口に出した時に、足音が聞こえてきた。
その瞬間に猫神様は、頭の上から飛び降りる。
先ほどまでの花びらの様なモノは消えて、
血の木までもが居なくなっていた。
猫神様は、薄暗くてハッキリとは見えないが、白色をしていて、尻尾の色だけが黒っぽい。
僕の足に顔をすりすりとして、
「ミィ。」
と鳴き、そのまま歩いて暗闇に姿を消した。
「助けてくれたんだよね。ありがとう。どこかで会ったらまたお礼させてね。」
そう声を掛けた後に、ライトで顔を照らされた。
仁美さんが来ていた。
「無事か!?」
息を切らせて、お札を持ち、数珠を手首にぶら下げていた。
(あ、すっかり忘れていた。)
そういえば肝試しで来ていたんだなとまた思い出して、僕は答えた。
「もう、大丈夫そうです。」
数珠が気になったが、今日は触れないでおこうと、僕たちは帰路に着いた。
帰り道、先輩達が、「今回のは過去1番ヤバかった」と話していて、
琴美さんは泣いていたのか、目が少し充血していて、「助けてくれてありがとう。置いて行ってごめんなさい」と、泣きながら謝られた。
ダイにも「置いて行って本当にごめん」と何度も何度も謝罪されたが、最後まで残った自分の方が悪いと、僕は逆にみんなに謝った。
仁美さんは少し考え事をしている様な顔つきだった。
何があったのかは説明せずに、
「また、時間のある時に話しましょう」
と、僕はこの話を打ち切った。
高山市の古い街並みが風情を感じさせ、
昼と夜とでは違った顔を見せる。とてもいい街だ。
僕はあんな目に遭いながらも、呑気にそんな事を考えていたのだった。




