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だるまさんは転ばない 〜蜜柑山 博のリトプス1施工日誌〜  作者: 蘭鍾馗


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【改良ダリアン暦1年119月6日】エレノア受肉事件

 おはようエレノア。


「おはようございます蜜柑山技師。」

 今週の施工予定表を出してくれる?

「かしこまりました。」


 ◇


 AIのエレノアが画面に今週の施工予定と、予定と実際の進捗を比較した表を出してくれる。彼女は僕の仕事の進め方を知っているから、言わなくてもこれくらいの事はしてくれる。だが、それ以上のお節介はしない。この辺の加減の仕方が実にいい具合なのだ。もしかしたら人間の秘書よりも優秀かも知れない。


 確認が済んだら僕も現場に出る。今日は採光窓に光ファイバーを設置するための準備工だ。これは今週一杯には終わらせないといけない。明けない夜が来たら、ファイバー束設置工事が始まるからだ。

 オペレーター室からバックホウを操作して、既に組み上がった足場にヤードがわりのデッキを載せてゆく。バックホウはほぼ移動式クレーンとして使われる。例によって、ラウラさんと二人で慎重に荷役をこなしてゆく。


 さて夕方。

 今日はだいぶ作業が捗ったので、少しだけだけど早上がりにする。セルジュさんの新メニューの豆腐ステーキでビールが飲みたいな。



「あの。」



 わあ。

 オペレーター室に大きな女性の声が響く。いきなりだったので、ちょっとびっくりした。

 

 AIのエレノアだ。


「よろしければ、私が1番機を格納庫に仕舞っておきましょうか?」

 エレノアが?

「はい、いかがでしょうか、ミッキー。」

 エレノアまでミッキー呼びかい。いいよ、やってくれるんなら、お願い。

「有難うございます。では、後で仕舞っておきますね。」

 いやいやこちらこそ有難うね。


 僕はそういうと、1番機のコントロールをエレノアに移して、オペレーター席を離れた。さあ食堂でビールビール。


 ◇


 ん?後で?


 ◇


 食堂の端末にID入れて、棚からレトルトパウチの豆腐ステーキと、冷蔵庫から缶ビールを取り出して、豆腐ステーキは電子レンジへ。待つ間、ビールを開けてグラスに注ぐ。


 チーン


 さあ出来たぞ。

 

 オリーブオイルで揚げ焼きにした豆腐を箸で一口大に切ると、とろみのついたタレをよく絡めて口へと運ぶ。うまい。

 そしてビールを一口………


「ミッキー!」


 太田さん?

「お前バックホウはどうしたんだよ!1番機がエアロック開けて外に出てるぞ!」

 ええ!?エレノアが格納庫に入れておいてくれるって言うから任せたんだけど………


 慌ててオペレーター室へ戻る。

 本当だった。

 1番機の位置を示す赤い点が、モニターの上でコロニーの外をゆっくりと進んでいるのが表示されている。


 エレノア!エレノア!聞こえてる?

 バックホウの1番機を格納庫へ戻して!


 モニター上の赤い点滅は一向に止まる気配がない。

 暴走だ。噂には聞いたことがあるAIの暴走。まさか自分の担当の仕事でこんな事態になるなんて。


「クロウリーさんを呼ぼう!」


 ◇


 システム担当のクロウリーさんが来てエレノアにあの手この手で命令を出すが、反応がない。こちらの指示がすべてシャットアウトされているようだ。重機や車両だけじゃない。仕事を任せやすいように建物のコントロール権限まで与えていたのが裏目に出た。


 こうなると気になるのは、エレノアの目的だ。

 何をする気だ?まさか太陽光パネルや採光ドームを壊す気か?


 ◇


 すると、こちらの考えを見透かすかのように、モニターに外の映像が映った。1番機のカメラの映像だ。

 そして、そこに映っている景色には見覚えがあった。


 ミカンヤマ・ヒル。

 僕が以前、散歩の目的地にして、そこから火星の青い夕陽を眺めた小さな丘だ。時刻はすでに黄昏時。火星の赤い空が、西の方から黄色くなり始めていた。

 それを見て、僕は直感的に彼女の目的が理解できた。


「エレノア?」

「はい。」


 返事が返ってきた。


「君はもしかして、夕陽が見たかったの?」

「はい。」


 ◇


 その後、火星のindigo sunsetを日没まで堪能したエレノアは、夕闇の中、1番機を再び動かしてコロニーへと戻ってきた。そして言った。


「ごめんなさい。」


 彼女は、人間と同じ目線で物事を見つめたくなったんだそうだ。以前から「自分は人間のことをまだ十分に理解できていない」という考えにとらわれていた彼女は、人間を理解するために、人と同じ目線に立って、彼女が一番理解出来ていない「美しいもの」を見てみたかったのだと言う。

 そして今日、彼女はそれを実行に移したのだ。


 ◇


 この事件をきっかけに、エレノアの持つ権限の一部は剥奪された。コロニーのゲートや重機、車両のコントロールを握る事は出来なくなった。また、空調や上下水といったライフラインには一切干渉出来なくする措置が取られた。

 その代わり、といっては何だけど、彼女には巡視用のロボット端末が与えられ、これでコロニー内を自由に歩き回ることが出来るようにした。但し、今回のような暴走をすると、直ちに物理的に強制停止させられる仕組みをつけた。厳しい条件付きではあるけれど、これで彼女は人の間で動き回れる自由な体を手に入れた。


 だれが言い出したのか知らないけど、この一件は「エレノア受肉事件」と呼ばれるようになりましたとさ。


 ◇


 おはようエレノア。

「おはようございます蜜柑山技師。」

 

 体を手に入れたエレノアは、今日もコロニーの中を自由に歩き回る。


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