四幕 報い
戌助達が岩倉を出るころ、春日の山奥――小郡村の外れでは、
山道に三つの足音が響いていた。
枝葉を踏み、湿った土を踏みしめながら、
木漏れ日の揺れる細道を、ゆっくり登っていく。
先頭を歩くのは、平次郎だった。
肩に酒瓶をぶら下げ、面倒そうに草をかき分けながら進んでいる。
その後ろを松風が続いた。
「だから言ったじゃないですか、あちらの道の方が近いと」
「…毎年これで来ている」
ぶつぶつと言い合う二人のさらに後ろを、
もう一つ、小柄な影が続いていた。
「……待て、速い」
少し低い声。
平次郎が振り返る。
「真白、遅いぞ」
その名とともに、木々の隙間から小柄な男が姿を現した。
太い眉に丸い目。
どこか気弱そうな顔立ち。
――その姿を見て、戌助なら息を呑んだかもしれない。
かつて“スズシロ”と呼ばれていた者は、
今は、鈴原真白という名の人間としてそこにいた。
袖をたくし上げながら、不機嫌そうに息をついている。
「この姿で山道というのは、どうにも慣れぬ……」
平次郎が笑う。
「お主は、昔から体力がないからな」
松風もくすくすと肩を揺らした。
「七に笑われますよ」
真白はむっと眉を寄せた。
だが、その顔はどこか人間臭くて。
二人にとっては、それが昔から変わらぬ真白だった。
やがて三人は、小さな墓の前で足を止めた。
山奥の静かな場所だった。
風が通るたび、竹林の笹がさらさらと鳴る。
墓石には、花が供えられていた。
誰かが今も、ここへ来ているのだと分かる。
かつて、七には墓などなかった。
岩倉にも、春日にも居場所はなく、処刑され、名を残すことすら許されなかったはずの人間。
けれど今、この場所には確かに墓がある。
春日を守った者として。
四傑の一人として。
多くの者に惜しまれながら死んだ者として。
平次郎は無言で酒瓶の蓋を抜いた。
そして、どぼどぼと墓石へ酒をかける。
「あ、また!」
松風が慌てた声を上げる。
「だから水をかけてくださいって、毎回――」
「いい」
平次郎が笑う。
「毎年これだ」
そう言って、墓石を軽く叩く。
「なぁ」
風が吹く。
真白は、その横でじっと墓を見つめていた。
その目が、少しずつ潤んでいく。
ぽたりと雫が落ちた。
「……っ」
肩が震える。
真白は慌てて顔を背けた。
「お、おい」
「なんでも、ない……」
声がうまく出ない。
拭っても、涙が止まらなかった。
平次郎はその様子を見て、呆れたように笑った。
「相変わらず、お主は泣き虫だなぁ」
松風も、困ったように微笑む。
山の風が吹き抜け、木々が静かに揺れた。
まるで。
そこにもう一人、笑っている者がいるようだった。




