六幕 雪解け
翌日。
空は、久しぶりに晴れていた。
雪明かりの中、里の入口の鳥居へ四人が立っている。
その向こうに、生き神が立っていた。
白銀の衣が風に揺れる。
昨日より、少しだけ穏やかな顔だった。
「兄さん、本当に一緒に来ないの?」
ムツが言う。
生き神は静かに笑った。
「ああ」
振り返った先には、雪の里がある。
「この里は、もう私なしでは生きられん」
その声に、もう昨日までの棘はなかった。
ムツは眉を下げて笑った。
「戦いが終わったら、また来ます」
「……ああ」
「今度は、酒でも飲みましょう」
生き神が、少しだけ目を細める。
「待っている」
それから、生き神は戌助たちを見る。
「弟を頼む」
稲吉が肩をすくめた。
「今さらだろ」
コウは小さく笑う。
戌助だけが、静かに頷いた。
やがて四人は歩き出す。
雪を踏みしめ、山を下っていく。
しばらくして、戌助がぽつりと呟いた。
「……結局、名前も聞いてなかったね」
ムツは少しだけ足を止めた。
山風が吹く。
遠い鳥居の向こうを見つめながら、ムツは静かに口を開く。
「淘太」
「六ツ門淘太です」
その横顔は、どこか嬉しそうだった。
戌助も、ふっと笑う。
ムツは何気なく空を見上げた。
遠い雪雲の向こう、黒い影が一度だけ空を旋回する。
まるで、別れを告げるように。
龍はそのまま、白く霞む空へ消えていった。
ムツはしばらく、その空を見つめていた。
――後にムツは知ることになる。
千羽楼の生き神は、やがて龍へ堕ち――二度と人の姿へ戻ることはなかった。
その日。
黒い龍は、細雪の空へ消える前に、確かにこう言い残したという。
「雪松」
「お前のおかげで、私は――人として最期を迎えられた」
その言葉を聞いたのは、千羽楼の巫女ただ一人だった。
雪は、その日も静かに山を閉ざしていた。
まるで、ひとつの伝承を隠すように。




