二幕 戦だ
途中の幕からお越しの方へ。
本作は一章から続く物語です。第一話はこちらから。
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地下牢の重苦しい沈黙を破ったのは、小さな囁き声だった。
「おい、おい……」
ひそひそとした声に、戌助たちが顔を上げる。
高い壁の小さな格子窓。
そこから、煙管を咥えた男の顔が覗いていた。
味坂だった。
その脇から、黒い柴犬が鼻先を突き出す。
五郎丸が、しっぽだけを忙しなく振っていた。
「こっちだ。何してんだ、ここで」
戌助が思わず立ち上がる。
「味坂さん!」
端間も駆け寄った。
「五郎丸!?」
味坂は鼻で笑う。
「ヘマしやがって。とりあえず何がいる。縄か? 鋸か? 火薬か?」
「物騒すぎます……」
福童が即座に突っ込んだ。
味坂は懐から一枚の紙を取り出し、格子越しに広げる。
「こっちは、まだ見つかんねぇんだよ」
そこには男の似顔絵が描かれていた。
切れ長の目。
通った鼻筋。
妙に艶のある髪。
無駄に整った美丈夫だった。
端間が首をかしげる。
「……誰だっけ?」
「稲吉だよ!」
味坂が声を殺して怒鳴った。
戌助と端間が吹き出す。
福童が静かに口を開いた。
「稲吉さんは、今は――八坂殿の配下として動いています」
味坂の顔から表情が消える。
「……マジかよ。スズシロ様の言った通りだぜ……」
福童は似顔絵を見つめたまま、淡々と言った。
「あと――少々、その絵は美人すぎるかと」
端間がくくっと吹き出し、戌助も肩を震わせる。
味坂は紙を丸め、頭を抱えた。
「だぁっ!! 見つからねぇわけだ!! あの狸じじいめ……!」
久方ぶりの笑いが、地下牢へこぼれた。
だが、それも長く続かなかった。
通路の奥から、兵の足音が響く。
味坂の顔がすっと引っ込み、五郎丸も窓から消えた。
直後、牢の錠が外される。
番兵たちが無言で並んだ。
「出ろ」
戌助たちは顔を見合わせたまま、牢の外へ出される。
冷えた通路を歩く中、兵の声が低く響いた。
「姫君より、小郡への出兵の御意が下った」
端間の足が止まりかける。
「……伊織様が?」
信じられぬ顔だった。
兵は福童と端間を見た。
「お二人には前線へ加わっていただきます」
次いで、戌助へ視線を向ける。
「お前は別だ」
別の兵が、戌助の腕を取った。
端間が声を荒げる。
「おい! どこ連れてく!」
返答はない。
福童だけが静かに目を伏せた。
――仲間を引き裂くため。
八坂のやり口が、痛いほど分かっていた。
戌助が振り返る。
「大丈夫だ」
端間の目へ、動揺の色が滲む。
「伊織様が……なんで……」
その肩へ、福童がぽんと手を置いた。
「今は、やるべきことをやりましょう」
静かで、揺れのない声だった。
端間は唇を噛み、乱暴に顔を拭う。
身を潜めていた味坂が、再び格子窓から顔を出した。
「百年続いたあの戦を――また起こす気かよ……」
珍しく、冗談のない声だった。
福童は袖の内から紙片を取り出し、格子越しへ素早く差し出した。
「味坂さん。
雪松さんとおコウさんへ。小郡で戦が始まる、と」
味坂は、受け取りながら応じた。
「嫌な役回りだ。」
五郎丸が、低く一声鳴いた。




