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三幕 懐かしい瞳

途中の幕からお越しの方へ。

本作は一章から続く物語です。第一話はこちらから。

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 地へ伏せられた戌助(いぬすけ)の姿が見えた瞬間、コウの顔色が変わった。


 砂煙を割って駆け込んできた二人に、戌助が顔を上げる。

「来るな……!」


 福童(ふくどう)が拘束されたまま、かすれた声を絞り出した。

「……術、です……!」


 叫びは遅い。

ムツは、迷いなく前へ出ていた。


 両手を胸前で組み、鋭く印を切る。

(臨、兵、闘――)


 幻術で相殺するつもりだった。

だが、その動きより早く黒装束の男が動く。


 地を滑るような一歩。

次の瞬間には、ムツの目の前にいた。


「っ――」

 最後まで印は結べない。


 男の一撃が、ムツの身体ごと吹き飛ばした。

身体が宙を舞い、崩れた家屋へ叩き込まれる。


 激しい音とともに、崩れかけていた屋根が落ちた。

土壁と木組みが崩れ、ムツの姿を呑み込む。


「ムツ!」

 コウが駆け出した。


 返事はない。


 折れた木組みが、ぱらり、と落ちる。

土埃だけが、静かに舞っていた。


(嘘でしょ……)

 その静けさが、コウの胸を冷やした。


 黒装束の男は振り向きもしない。

ただ、次の敵としてコウを見る。


 ぞくり、と背筋が粟立つ。


 格が違う。


 それでもコウは刃を抜く。

「……ふざけんじゃないわよ!」


 踏み込む。

低く潜り、横薙ぎに斬り払う。


 男は紙一重でかわした。


 返す刃。

コウは身をひねり、頬先で避ける。


 速い。

異様なまでに。


 二合、三合。

火花が散る。


 その最中、男の頭巾がわずかにずれた。


 のぞいた目は暗く沈み、何の情も映さない。

獲物を射抜く――鷹のような瞳。


 しかしその鋭さだけは、幼い頃からずっと傍にあったものだった。


 コウの胸へ、懐かしさにも似た痛みが走る。


「……稲吉(いなよし)……?」


 声が震えた。


 その名に、稲吉は反応せず、ただ迷いなく踏み込んだ。


 コウの刃が止まる。

 

 一瞬だった。


 腹へ、熱が走る。

何かが深く入り込み、内側を抉った。


 視界が揺れる。


 稲吉の刀が、コウの腹を貫いていた。


「……あ……」


 遅れて血が溢れる。


 膝から力が抜けた。


 稲吉は無表情のまま刃を引き抜き、血を払う。

倒れたコウへ、二度と視線を落とさなかった。


「コウ!!」

 戌助が叫ぶ。


 術に縛られた身体を無理やり起こし、兵ごと引きずるように前へ出る。

だが、数歩で膝をついた。


 端間(はたま)も暴れ、二人がかりで押さえつけられる。

「離せっ……! 離せよ!!」


 福童も歯を食いしばった。


 稲吉は供の者へ短く命じる。

「連れていけ」


 兵たちが一斉に動いた。

戌助の腕が後ろへねじ上げられる。

端間も、福童も、それぞれ数人がかりで抱え込まれた。


 戌助はなお叫ぶ。

「コウ――!!」


 視界の端。

血だまりの中で、コウは動かない。


 崩れた土壁の向こうからも、ムツの声は返らなかった。


 その光景だけを焼きつけたまま、意識が暗く沈んでいく。


 最後に見えたのは、振り返りもせず去っていく稲吉の背だった。

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