二幕 器の末路
途中の幕からお越しの方へ。
本作は一章から続く物語です。第一話はこちらから。
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白狐たちのざわめきが広がる。
ざわめきというより――それは、幼い声の重なりだった。
「人だ」
「来た」
「また、人が来た」
大人も、子も、声の高さだけはほとんど変わらない。
幼子のように澄んでいるのに、そこに滲む怯えだけは妙に生々しかった。
丸い黒目は、人のように感情を映さない。
それでも、伏せた耳や縮めた尾が、彼らの警戒をはっきりと物語っている。
その声が連鎖するたび、白狐たちは一歩ずつ後退した。
子を抱き寄せる者。
背を庇う者。
ただ、動かずこちらを見つめる者。
不安が、静かに広がっていく。
「……鬼若子に触れる者だ」
どこかから低い声が落ちた瞬間、空気がわずかに張る。
恐怖ではない。
もっと深い、拒絶だった。
その中心を割るように、一人が歩み出る。
苔むした地面を踏むたび、足元の緑がふっと息を吹き返すように芽吹き、すっと鎮まった。
その現象だけが、異様に静かだった。
白狐たちが道を開ける。
誰も命じていない。
それでも、そこには確かな“格”があった。
現れたのは、紫紺の衣をまとった白狐――長だった。
長い尾は、風に触れても揺れない。
ただ、切れ長の目だけが鋭く光っている。
熟れた柘榴のような赤。
その瞳がこちらを見た瞬間、空気が一段重くなった。
「……人の子ら」
声は柔らかい。
だが、谷の底まで落ちていくような響きだった。
白狐たちのざわめきが止む。
長は一度も視線を逸らさぬまま続けた。
「ここは、お前たちの来る場所ではない」
戌助は一歩も動かずに答える。
「鬼若子のことを聞きに来ました」
その名が落ちた瞬間、長の瞳がわずかに細くなる。
「また、同じか」
ぽつりとこぼれた声に、白狐たちの肩が一斉に強張った。
「少し前にも来た。岩倉の者だ」
「女と、その従者」
戌助の目が揺れる。
ムツの指先が、かすかに動いた。
「最初は礼を尽くしていた。だが最後には、力を奪っていった」
長は息を吐く。
「人は、力を知れば壊す」
責める響きはない。
ただ、積み重なった事実の重さだけが、そこにあった。
そして視線が、再び戌助たちへ戻る。
「この地にあるものは、救いではない。
――縁を歪めるものだ」
戌助は食い下がるように言った。
「その力に呑まれかけている人がいます」
「……姫を、助けたい」
その言葉に、一瞬だけ間が落ちた。
風が止み、水音が遠のく。
長はゆっくりと目を閉じ――そして、開いた。
そこにあったのは、揺るぎない結論だった。
「ならば、殺せ」
戌助の呼吸が止まる。
福童の手が、わずかに震えた。
端間だけが、声にならぬ息を漏らす。
長は続けた。
「鬼若子を宿した者は、皆等しく、力と引き換えに壊れていく。
救うなどという答えは、ここにはない」
「あるのは、断つか、呑まれるかだ」
白狐たちが目を伏せる。
その沈黙は、肯定というより――
何度も同じ結末を見てきた者たちの、諦めだった。
谷の底に、逃げ道はない。
戌助は拳を握る。
その手の中に、答えはまだなかった。
ただ――
選ばなければならないという現実だけが、そこにあった。




