三幕 また一人
獣皮の下にあった顔を見た瞬間、場の空気が止まった。
「……御井」
その名だけが、静かに落ちる。
熱狂だけが、その場から取り残されたようだった。
地へ伏した顔には砂が張りつき、乱れた髪の隙間から覗く面差しは、それでも見間違えようがない。
コウが目を丸くした。
「え、うそ……御井!?」
ムツもまた、息を呑む。
幼い頃、同じ場所で笑い、競い、肩を並べた相手。
だが今は、返事もない。
「……知り合い?」
端間はきょとんとしたまま、戌助たちを見る。
「そのようですね」
福童が静かに頷いた。
そのときだった。
興行場の奥から、数人の男たちが現れる。
無造作に御井の腕を掴み、引きずるように運ぼうとした。
「敗けた者はこちらで引き受ける。次がつかえてんだ」
戌助の肩が、ぴくりと揺れる。
だが、傷ついた身体はすぐには動かなかった。
その前へ、福童が一歩進み出る。
「お待ちなさい」
声は大きくない。
それでも、場内のざわめきを裂くようによく通った。
男たちが睨む。
「あ?」
福童は衣の乱れを整え、端然と告げる。
「この者の身柄は、守山家が引き受けます」
一拍。
次いで、会場がどよめいた。
「守山……?」
「将軍家の守山か!?」
「なんでこんなところに……」
血と熱気に満ちていた空気が、一瞬で冷えていく。
誰もが声を潜め、興行の者たちですら手を止めた。
ひとりが虚勢を張る。
「証でもあんのか」
福童は眉ひとつ動かさず、無言で懐から印を示した。
それだけで、男たちの顔色が変わる。
「……し、失礼いたしました」
乱暴に掴んでいた手が、すぐに離された。
コウが腕を組み、にやっと笑う。
「ふー、気持ちぃ~」
端間が思わず吹き出し、ムツも声を出して笑った。
福童は何事もなかったように、端間へ視線を向けた。
「小左ヱ門、運搬を」
「え、俺ぇ?」
「手伝う」
ムツが入り、端間と二人で御井を担ぎ上げる。
会場にはなお、ざわめきが残っていた。
だが、誰ひとり彼らを止める者はいない。
福童が、振り返らないまま言った。
「いきましょう」
そのまま一行は、興行場を後にする。
熱狂と喧騒を背に、石段を下りていく。
遅れて、戌助も歩き出した。
足がわずかに揺れる。
「ほら」
コウが、横から肩を支えた。
やがて福童が、ふと足を緩めた。
わずかに振り返った横顔へ、薄明かりが差す。
すすき色の髪が、夜気にかすかに揺れた。
「――皆さまに、何が起きているのか、ご説明します」
その声音は、やけに静かだった。




