二幕 歪んだ綾
光の届かぬくぼ地。
湿った土の匂いと、古びた縄のきしむ音だけが、静まり返った空気に滲んでいた。
コウは、粗末な柱に背を預ける形で縛られていた。
(……最悪)
小さく息を吐く。
外で、がさりと葉を踏む音がした。
「お、起きてんのか」
間の抜けた声が、ひょいと顔を覗かせる。
般若の面。だらしない着物。
いかにも野党の風体だが、そのしゃべり口はどこか締まりがない。
「春日の娘は、気ぃ強えなあ」
コウは睨み返す。
「当たり前でしょ。あんたらみたいなのに捕まって、黙ってる方がおかしいわ」
額には殴られた傷。
乾ききらない血が、じわりと滲んでいる。
「はは、言うねえ」
けらけらと笑いながら、男が一歩近づいた。
しゃがみ込み、値踏みするように顔を覗き込む。
そのまま、無造作にコウの頬にかかった髪へ手を伸ばした。
指先が、栗色の髪をすくい上げる。
「美人なのに勿体ねぇ」
コウは、触れられた指から逃れるように首を振った。
「でもまあ、岩倉の女はもっとおっかねえぞ」
別の男が割って入る。
また、同じ般若面だった。
「……岩倉?」
「俺ら、もともとそっちの人間でさ」
戦のあと、流れてきたと軽く言う。
(……岩倉の残党)
コウは無言で相手を見た。
男たちは気にも留めず、話を続ける。
「いやあ、あん時は春日の連中、惜しかったよなあ」
「何が?」
思わず聞き返す。
男は、首を少しもたげた。
「昔の戦の話だよ。あと一歩で春日が勝ってただろ」
「……は?」
「四人いたじゃねえか」
「ああ、春日の四傑とか呼ばれてた連中な」
「あと一歩で岩倉を落とすってとこまで行ったのによ」
「なんで止まったんだっけな」
「知らねぇ」
「……死んだんだっけ?」
「さあな」
般若面の奥で、けろりと軽い笑いが弾けた。
(……四傑?)
そんな名は、聞いたことがない。
それだけではない。
春日が勝っていたという話も、コウの知る歴史とは食い違っていた。
しかし、男たちの口ぶりに、迷いはない。
ぞわり、と背筋に冷たいものが走った。
男のひとりが、ふとコウを見る。
「なんだ、その顔」
「……別に」
コウは視線をそらした。
(気持ち悪い……)
その時だった。
「……ワタシヲ、オモイダシテ」
唐突に、声がした。
コウは、はっと顔を上げる。
「ここ、他にも誰かいるの?」
「ああ~、それな」
男は顎で、暗がりの奥を示した。
籠の中に、小さな影。
――キジだった。
「……え」
「喋るんだよ」
「まあ、どうせ食うんだけどな!」
また笑う。
(……何が面白いのよ)
キジが、こちらを見ている。
じっと。
「ワタシヲ、オモイダシテ」
もう一度。
さきほどより、はっきりと。
コウの喉が、ひくりと鳴った。
(やめて……)
「いやでも、食ったらだめだろ」
男のひとりが、ぽつりと言った。
「おら、旦那の好物だから、わざわざ捕まえてきたんだぜ」
「……あー?」
「ほら、なんかこう……面倒見のいいやつ」
言いながら、首をかしげる。
「……誰だっけな」
「さあな。忘れちまった」
あっさりと笑う。
「ばかおめぇ、また夢でも見たんだろ~」
(……は?)
思考が止まる。
人ひとりを、そんな簡単に。
(忘れるわけ……)
「ワタシヲ、オモイダシテ」
声が重なる。
現実が、じわりとずれていく。
コウは強く目を閉じた。
「……なんなのよ……!」
喉の奥から、掠れた声がこぼれる。
胸の奥がぎゅっと縮み、息が浅くなる。
こんな場所に、ひとりで耐えられるわけがない。
(……来なさいよ、バカ……!)
唇を強く噛む。
(早く……来てよ……!)
コウは、声にならない叫びを押し殺した。




