第18話「寄生先、決定」
車でおみくんの家についた。そのまま家族がテキパキと段ボールを扉の前まで運んでインターホンを押す。少し遅れて出てきたおみくんは玄関先に並んだ段ボールと、その後ろに立つ私の家族を見て、珍しく少しだけ目を丸くした。
「娘を今後とも、そちらでお願いできませんでしょうか」
父が深々と頭を下げた。事情を知らない人が隣人が見たら完全に厄介払いの光景だった。
おみくんはしばらく黙って状況を分析していた。そして嫌な顔一つせず、決心していたかの様に静かに頷いた。
「わかりました。お預かりします」
せっかくの休日の朝に、いきなり恋人の全私物と家族一同が押しかけられても迷惑そうな素振りは微塵もない。それがやけに計算されたみたいで不気味だった。
その不気味さを感じ取った私は見逃さなかった。「お預かりします」と言った直後、おみくんの口角が、ほんの一瞬いつもより上がっていたことを。表情の変化が薄い人だから、本人もあまり自覚がなかったんだと思う。それでもあの一瞬の緩みはこうなることを予想していたようだった。家族は少し驚いたように、おみくんを見つめた。自分たちから押しかけておいて、いざとなったら動揺するのは如何なものか。
それを察してなのか、おみくんは言った。
「大丈夫です。想定していたので」
「…やっぱり」
「合鍵渡した時点で、こうなるだろうとは思ってた」
「全部計算されてたんですね…」
「正確に言うと、確信はしてなかった。ただ、可能性はかなり高いと思ってた」
「のんちゃんの性格上、合鍵一本渡したら際限なく踏み込んでくるだろうなって。そしたら実家との折り合いも、いずれ悪くなるだろうなって」
あまりにも的確な分析に、返す言葉がなかった。すべてを見透かして同棲まで持ち込んできたこの男を、策士だと思う。合鍵を渡した時点でこの男の同棲は始まっていたのだ。
「もしかしてもう同棲させる気満々で合鍵渡した?」
「まあ、どっちに転んでもいいとは思ってた」
「だから鍵渡して、多少でものんちゃんが安心できる形にした方がいいと思った」
父が、その返答に心底感心したように頷いていた。
「肝が据わってますね」
「そう言われることは、よくあります」
家族が荷物を運び入れ、それをすべて整理してから少しだけ挨拶をして帰る彼らを私は何とも言えない感情で見送った。きっと帰りの彼らは舞い上がっていることだろう。
そして私は、どん底から這い上がって今度は、寄生先を見つけて、堂々と居座ることになった。これを成長と呼んでいいのか、ただの図太さと呼ぶべきなのか、判断がつかない。
遠い目で立ち竦んでいる私に、おみくんは言った。
「これから、よろしく」
いつもと変わらない、淡々とした声だった。でもどこか今日の彼は嬉しそうに見える。これからの新生活?という新しい環境に浮ついているようにも見えた。
「……こちらこそ、まだまだ迷惑かけると思うけど、よろしくお願いします」
「今更じゃない?」
「ですよね」
「迷惑にはもう慣れているので」
その返しに、思わず笑ってしまった。綺麗に片付けられた部屋を見て、この先の生活がこのまま何事もなく平穏に過ごせたらいいなと思った。
こうして、私の正式な同居生活が彼の掌のうちで転がされ、あっという間に始まってしまった。
彼女の親族が荷物同伴で押しかけてきてそれを笑顔で受け入れる異常さ。普通の同棲なら親の許可を取ったり、結婚の話し合いや、心の準備の時間があるはずなのに。私たち2人の場合は、全部すっ飛ばしていきなり本番から始まった。
振り返ってみれば、あの夏の日、人生のどん底で出会ってから、ちょうど半年が経とうとしていた。半年前は、一週間風呂に入らず、天井のシミを数えていた人生が終わった女だった。それが今では、合鍵をもらったら家族に家を追い出され、恋人の部屋に堂々と居座る同居人になった。
半年という時間の短さに、我ながら驚いた。人間歳をとると時間が過ぎるのが早いというのは本当らしい。でも、過ごした中身の濃さでいえば、これまでの人生のどの時間よりも、密度が高かったと思う。
実寄生と保護から始まる、なんとも歪なカタチの同棲生活。この歪さがあるからこそ私たちらしいのかもしれない。
その日から、私の新しい肩書きは、「同居人」になった。
毎月、おみくんが気を利かせて律儀に用意してくれたお小遣いをもらい、三食、当たり前のように食べさせてもらう。家賃も光熱費も、一切こちらの懐は痛まない。至れり尽くせりという言葉が、これほどしっくりくる生活もなかなかないと思う。
「これ、今月の分」
と、おみくんが封筒を差し出してくる度に、まだ私のなかで残っている数少ない罪悪感と今の状況に安心しきって出しっぱなしの幸福感が、同じ分量でせめぎ合った。無職ニートの私が、堂々と養われる立場になるなんて半年前には、想像すら出来なかった展開である。
「…私、働かなくていいんですかね」
「今は、まだいい。焦らなくていいので」
その一言に今は甘えることにした。そうして私は今日も、律儀に振り込まれる生活費でのうのうと三食を食べて、ストレスのない安全地帯で訪れた細やかな平穏を噛み締めている。
同居人しての第一歩は、ずっと快適だった。




