↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
18/31

第17話「実家、退場勧告」

遡って、あの晩のこと。


二か月ぶりに鳴った実家の電話は、拍子抜けするくらいあっさりした用件だった。


「乃々香、あんたたまには帰ってきなさい」


母の声だった。怒ってはいなかった。ただ、少しだけ疲れているみたいだった。連絡が途絶えて、既読だけがついて、捨てられたんだと思い込んでもう私のことなんてどうでもいいんだと、勝手に決めていた。


そうではなかったらしい。ただ黙って、様子を見られていただけだった。自分の被害妄想に心が痛くなりつつも電話を切ってから、私はおみくんに実家に呼ばれたことを話した。


この人は、少し考えるような顔をして、それから静かに言った。


「行っておいでよ」


「……うん」


「話、聞いてきなよ。それで、どうするか決めればいい」


その言葉に少しだけ安心して、翌日、実家に帰ることを決めた

---


翌日、実家に帰った。


母は玄関で私を見るなり、ため息をついた。


「最近、家に全然いないわね」


呆れと、ほんの少しの寂しさが混じった声だった。


「洗濯物も溜まってるし、部屋も片付いてないし。二拠点で暮らすつもりならもう少しこっちにも顔を出しなさいよ」


父はもっと直接的だった。


「お前、もう向こうに住んでるようなものだろう。中途半端に、実家の部屋を占拠するな」


姉に至っては呆れを通り越して笑っていた。


「あんた、彼氏の家に完全に寄生してるじゃん。合鍵もらったからって調子乗りすぎ」


自覚は正直あった。あった上で寄生した。おみくんの部屋にいるほうが、実家にいるより明らかに居心地がいい気がしたから。家にいると家族の視線が妙に痛い。でもその家族がいないとさみしくなるという厄介な自分に嫌気が差した。


---


その日の夜、リビングに、家族三人が、なぜか神妙な顔で揃っていた。


「乃々香、ちょっと座って」


母の声のトーンが、いつもと違った。まるで、これから何かの判決が下されるみたいな空気だった。帰ってきた時のあのちょっとした安心感みたいなものが一瞬で消え去った。


「家族会議です」


姉が、簡潔に、そう告げた。


テーブルの上には、いつの間にか用意されていたらしい、お茶とお菓子まで並んでいた。会議、という割に、やけに和やかだった。それが逆に、不気味だった。いったい何を言われるんだ。考え始めたらまた調子が悪くなる気がした。


「議題は一つ。乃々香の、今後の生活について」


「お前、この二か月、家にいた日、数えたか」


父が、静かに言った。


「十日だ。十日しか、帰ってきてない」


律儀にカウントされていたことに、まず驚いた。


「残りの五十日、全部、向こうにいたわけだろう。それはもう、住んでるのと、同じだ」


反論できなかった。事実、そうだった。


---


「結論から言う」


父が、真剣な顔でこちらを見据えた。


「お前は、もう、うちの家じゃなくて、向こうの家の人間になれ」


「……は?」


あまりにも突然すぎる結論に、頭がついていかなかった。言ってることがおかしくないか?いきなり向こうの家の人間になれだなんて、結婚もしていないのに暴挙すぎる。


「宙ぶらりんが、いちばん、良くない」


母も、深く頷いた。


「ちゃんと責任を持って、向こうにお世話になりなさい。中途半端に、両方の家に迷惑をかけるくらいなら」


「え、ちょっと待って。それ、私の意思とか、関係なく決めていいこと?」


「あんたの意思、実質もう決まってるようなものでしょ」


姉が、あっさりと切り捨てた。

どうしてうちの家族はこう、決めたことは意地でも譲らない頑固さを兼ね備えているのだろう。それか例え誰かを犠牲にすることであっても彼らの決意は変わらない。その血は確実に私にも流れていた。


「毎日通ってる時点で、答え、出てるじゃん」


---


そこからの私の頭の中は、正直、忙しかった。

追い出される、という事実は、単純に寂しかった。やっぱり捨てられたんじゃないかと思う。生まれ育った家からいらないと言われている。そう思うと、胸の奥がひやりとした。


でも、その一秒後には、別の考えが顔を出す。


——これ、もしかして。


おみくんと堂々と一緒に住める。ということなのでは。またいらない妄想が頭の中を占拠した。


合鍵をもらって、寄生して、それでも私はまだ「たまに泊まりに来る人」だった。それが、正式に「向こうの家の人間」になる。


そう考えた瞬間、心がふわっと浮いた。

浮いた次の瞬間、また落ちた。


——いや、待って。おみくんが、嫌がったら。


段ボールを抱えた私が玄関の前に立って、それで、困った顔をされたら。重い、と思われたら。

そう考えると、指先がまた冷たくなった。


追い出されるのは嫌だ。でも、おみくんに断られるのはもっと嫌だ。


上がったり、下がったり、私の思考は忙しい。それもこれもウチの家族のせいだ。いきなり向こうと同棲しろだなんて無茶な話を出してくるほうが悪い。じとっと家族の方を睨んだ。


そんな私を尻目に、家族三人はどこか遠い目をしていた。まるで、長い長い航海の果てに、ようやく厄介な積荷を降ろせる船乗りみたいな顔だった。やっぱりこいつらは厄介払いしたいだけだと脳内で警報がなった。


「あの、保険証とかは」


かろうじて、現実的なことを聞いて家族とのつながりを持とうとする自分にも嫌気が差した。


「あんた、まだ籍入れてるわけじゃないんだから、そこはどうしようもないでしょ」


母が言った。


「保険証は、お父さんがまだ持っててあげる。そこは、まあ、追々ね」


追々。


その一言だけが、私とこの家を繋ぐ最後の細い糸として残された。逆を言えばそれ以外は家族との繋がりが完全に消えるということでもあった。そしてその唯一繋がりも「追々」消される運命にある。

私は天井をみあげてため息をついた。その瞬間何かが私の中でカチッと切れた音がした。


---


翌朝、目を覚ますと玄関先に段ボール箱が三つ、綺麗に積まれていた。中には、私の私物が整理整頓されて詰め込まれていた。


「……これ、何」


「見ての通りよ」


母が、あっさりとした口調で言った。もう少し迷いがあってもいいんじゃないか。


「もう、荷造りしておいたから。今日中に向こうに運びましょう」


「早い! 昨日の今日でしょ!」


「善は急げって、言うでしょう」


この家族の実行力の高さには、いつも驚かされる。疑うのも早いし、決めるのも早いし、動くのも早い。極端すぎるスピード感が、良くも悪くもこの家の家風だった。


呆然と立ち尽くす私の横で、姉が段ボールの一つを、軽々と持ち上げて言った。


「はい、これ持って。車出すから送ってあげる」


「え、いや、待って、心の準備が」


「準備なんか今更必要ないでしょ。向こうも半分同棲してる気でいるんだろうし問題ないわよ」


そしてあれよあれよと私の荷物は運ばれていく。私には拒否権というものがこの家になかった。そしてしぶしぶ乗せられた車の助手席に乗ってシートベルトを締めた。


---


車に揺られている間も、私の心はまだ忙しかった。

おみくんは、この段ボールを見て、どんな顔をするんだろう。笑って迎えてくれるのか。それとも、さすがにと一歩引くのか。冷静に考えれば後者だろう。誰が付き合って半年もたっていない彼女が親に荷物一式と一緒に送り届けられるのを良しとするのか。普通の人なら断る。当たり前だ。


「行っておいで」とは言われた。でも、あれは「話を聞いてこい」であって、「段ボール三箱で乗り込んでこい」ではなかったはずだ。


窓の外を、見慣れた景色が、どんどん後ろに流れていく。


助手席で膝を抱える私を、運転席の姉が、バックミラー越しにちらりと見た。


「そんな顔しなくても」


「どんな顔」


「捨てられる犬みたいな顔」


捨てる側なのに失礼すぎるだろと思った。きっと姉のなかにはそんな気持ちは一切ないんだろうけれど厄介払いされる感は拭えなかった。


こうして私は、なんの心の準備もないまま、家族総出でおみくんの部屋の前まで強制送還されることになった。


段ボール三箱と、行き場をなくした私をまとめて積んで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。