第11話「実は俺も、結構必死だった話」
俺は、多分、人よりちょっと感情の起伏が薄い。
子供の頃からそうだった。運動会で転んでも、大して痛みを感じないタイプの子供だった。友達が「なんでそんな冷静なの」と半ば引いた顔で聞いてくることは少なくなかった。悲しい映画を見ても、大体隣の誰かの方が先に泣いていた。俺は、その泣いている横顔を見て、ようやく「ああ、これは悲しい話なんだな」と、遅れて理解するタイプだった。それでもそんな悲しい映画を見たときは鼻がツンとしているのはホントの話。
感情がないわけじゃない。ただ、その振れ幅が平均よりだいぶ小さいだけだ。地震でいうと、震度1と震度2の違いくらいの機微を俺はいつも見逃してきたんだと思う。
だから、というわけでもないと思うけれど、恋愛も、大体いつも同じパターンで終わってきた。付き合って、なんとなく続いて、なんとなく終わる。相手が拗ねても、泣いても、こっちの心がそこまで動かない。動かないから、うまく寄り添えない。
また正確に言うと、俺から別れを切り出すことが、ほとんどだった。相手を嫌いになったわけじゃない。ただ、これ以上一緒にいても、この人を幸せにできる気がしない、と思った瞬間にいつも冷静に区切りをつけてきた。今思えば、あれを「恋愛」と呼んでいいのかどうかも、正直、怪しい。それにその行為は恋愛というより、社会性の維持活動に近かった気がする。定期的に人と親密な関係を築いておかないと、人間としての座りが悪い、みたいな。我ながら、ひどい理屈だと思う。
そのパターンを、何回繰り返しただろう。正確な回数は、正直覚えていない。名前も、顔も、大体そう。でも、これだけは言わせてほしい。悪気があって忘れているわけじゃない。自分から終わらせた関係は、記憶に残す価値を脳が勝手に低く見積もっているんだと思う。効率的といえば効率的だし、非情といえば非情だ。
スーパードライマン、というあだ名がついたのもその延長線上だ。
自分では、そこまで自覚がなかった。淡々としているのは自覚していたけれど、それが「異常」の域に入っているとは、思っていなかった。あだ名がついて、初めてそういう自覚を持った。友人から「お前、あの子のこと、本当に何とも思ってなかったの?」と真顔で聞かれたことがある。何とも思っていなかったわけじゃない。ただ、うまく表に出せなかっただけだ。と説明してもその友人の顔はドン引きしていて大体、信じてもらえなかった。
マッチングアプリを始めたのは、ほとんど惰性だった。
周りが結婚し始める年齢になって、自分の年齢を計算し、「そろそろ」という空気を感じて、なんとなく登録した。写真も、適当に鏡越しの一枚を選んだ。後にのんちゃんにはナルシスト全開のチャラ写真と非難されて、友人にも「もっとちゃんとした写真使えよ」と言われたけれど、正直、加工アプリの使い方すらよく分からなかった。
自己紹介も、何を書けばいいか分からなくて、結局一番シンプルな本音だけを書いた。
「運命の人探してます」
我ながら、キザすぎる一文だと思った。それでも、他に書きたいことが思いつかなかった。趣味と言えるほどの趣味もない。休日は大体仕事に疲れて寝ている。そんな人間が、無理に「カフェ巡りが好きです」なんて書いたところですぐボロが出るのは目に見えていた。実際に会って、カフェの話を振られて「実はあんまり行かないです」と言うくらいなら、最初から本心を書けばいい。合理的な判断のつもりだった。
職業欄は、空欄にした。歯科医師です、と書いた瞬間その情報だけで寄ってくる相手がいることを、経験上知っていたから。それに、職業で判断されるのはどうにも俺の性格上好ましくなかった。利用されるのは一番嫌いだ。歯科医師の肩書きより先に、俺という人間そのものを見てほしいというのは、わがままだったんだろうけど。ただ、自分のことを肩書関係なく見てくれて愛してくれる人に出会いたかった。
しばらく、特に何も起きなかった。何人かにいいねを押されたけれど、正直、誰にも心が動かなかった。プロフィール写真を見比べる作業は、なんだか通販サイトで似たような商品を延々見比べているのに似ていた。楽しくもないけれど、苦痛でもない、無感情な作業。少し退屈を感じ始めていた。
そんな時に、のんちゃんの「いいね」が来た。
プロフィール写真を見て、最初に思ったのは「綺麗な人だな」というそれだけの感想だった。特別な運命を感じたわけでも、何かがビビッと来たわけでもない。ただ、綺麗な人だと思った。それだけ。でも、それだけで十分だった気もする。
そして、そのまま流さずにメッセージを送っていた。自分でも、その行動の理由がうまく説明できなかった。他の「いいね」は数秒眺めて終わっていたのに、なぜかのんちゃんの写真だけ、少し長く画面に留まってしまった。理屈じゃなく、体が勝手に動いた、というのが一番近い表現だと思う。それだけ惹かれていることにこの時は気付きもしなかった。
初めて会った日、カフェでのんちゃんは聞いてもいないのに自分の過去を全部話し始めた。
元彼のこと。金を持ち逃げされたこと。うつになったこと。会社を辞めたこと。実家で引きこもっていたこと。そのすべてを包み隠さず早口になりながらのんちゃんは語った。
正直、驚いた。初対面でここまで話す人を、今まで見たことがなかった。普通ならもっと取り繕う。もっと、いい部分だけを見せようとする。でも、のんちゃんは悪い部分を隠さず全部さらけ出してきた。そんな必死な語り草に、「へえ」「なるほど」くらいの相槌しか打てなかった自分を、少し恥ずかしく思っていた。もう少し気の利いた言葉があってもよかったんじゃないか、と。
その時、初めて心の中で何かが動いた気がした。感情の起伏が薄い自覚がある人間にしては、珍しい種類の反応だった。
「ハードモードでしたね」と言いながら、内心ではこの人は、誰かにちゃんと見てほしいんだろうな、と思っていた。今まで、誰にもまともに向き合ってもらえなかったんだろうな、と。
根拠はなかった。哀れみでも何でもない、ただの直感だった。その直感を信じてみたくなった。
「僕といたら幸せになれると思いますよ」なんて、我ながら歯の浮くような台詞を言った自覚はある。ナンパの決め台詞みたいだと、言った後で気づいてものすごく反省した。柄にもないことを言ったな、と自分で自分に驚いたくらいだ。
でも、その時、確かに、そう思ったのだ。理屈より先に口が動いていた。彼女を幸せにする事を勝手に、俺が引き受けたような感覚だった。理由なんて、後付けでしかない。
付き合い始めてから、のんちゃんは想像以上にそれはもう忙しい人だった。
既読がつかないだけで鬼電される。マッチングアプリの退会忘れで、仕事終わりに問い詰められる。会員制リゾートでは、正座で尋問される。虫歯治療のふりをして、職場に突撃される。振り返ってみると、我ながらよくこの短期間でここまでのイベントを経験したものだと思う。恋愛のジェットコースターというより、恋愛の絶叫マシン、それも故障気味の絶叫マシンだった。
正直、こんなに手のかかる人と今まで付き合ったことはなかった。
面倒だとは思わなかった。
むしろ、可愛さまで感じる始末だった。徐々にのんちゃんに毒されている事は確かだ。
それでも彼女をこの手のなかにおいておきたいと願うのは、のんちゃんの暴走の裏に、いつも同じ理由があったからだと思う。疑いも、不安も、全部、根っこには「大事にされたい」という、まっすぐな願いがあった。歪んだ形で表現されているだけで、その願い自体は驚くほどシンプルだった。
それが分かってしまえば、対応の仕方は実は難しくなかった。過去の元カノたちの時とは違う種類の対応が必要なだけだった。
過去の人たちに俺はうまく寄り添えなかった。感情の起伏が薄いせいで、相手の不安に、うまく反応できなかった。それが別れの原因の一つだ。
でも、のんちゃんの不安にはなぜか、ちゃんと反応できる自分がいた。深夜の鬼電にも、正座の尋問にも、腹が立たなかった。むしろ、その必死さが、最近愛おしくてたまらないのだ。三十分の既読無視で37回電話をかけてくる女、普通なら重いというより、おかしいと思うところなんだろうけれど、俺にとってはそれすらのんちゃんの魅力の一種として処理されていた。自分の感覚がおかしいのか、彼女がすごいのか、その両方なんだと思う。
これが、恋愛感情というやつなんだろうか。正直、まだ自分でもよく分かっていない。
実家に呼ばれた日、のんちゃんの父親からいきなり「証拠を見せろ」と言われた時も、特に驚かなかった。むしろ、想定内だった。無職で、実家暮らしで、過去に散々な目に遭ってきた娘が、急に「歯科医師と付き合っている」なんて言い出したら、親として疑うのは当然だと思う。疑われることに腹は立たなかった。ただ、親の苦労を考えるとものすごく同情した。
だからあらかじめ、歯科医師会のカードを用意しておいた。父親の目の光り方を見た瞬間、「これは絶対に来るな」と確信していた。カードを取り出した時の父親の顔を、今思い出しても少し笑ってしまう。刑事ドラマの鑑定シーンさながらの真剣さだった。血は争えないとはよく言ったものだ。のんちゃんが医院に突撃したときも同じ目をしていた。死に物狂いで犯人をみつけだしたようなあの目をしていた。いや、あれは犯人の目つきだったか。
家族に、あっさり受け入れられていく様子をのんちゃんはずっと死んだ魚みたいな目で見ていた。あの表情は俺には一生真似できない類のものだと思う。それにしてもひどい顔をしていた。それすらもちょっと愛おしい。感情の起伏が薄い俺と、感情が忙しすぎるのんちゃん。組み合わせとしては、なかなか極端だ。
帰り際、彼女の家族が裏でこそこそと何かを画策し始めているのも気づいていた。気づいていて、あえて何も言わなかった。今後、その予想が当たっても外れても、悪いようにはならないと思ったからだ。それに、あの家族の勢いに水を差すのもなんだか野暮な気がした。
のんちゃんは、自分がどれだけ変わったかあまり自覚していない。
2週間風呂に入らなかった女が、何日かには1回ちゃんと風呂に入るようになった。将来への不安で部屋で発狂していた女が、今は俺への文句を数えるくらい元気になった。彼女を更生させれているかどうかはまだ分からない。むしろ、暴走の種類が増えている気さえする。それでも、確実に、あの頃よりは笑っている時間が長くなった。
俺のことを、器が広いとか、スーパードライマンとか色々言うけれど。
俺はただ単に、のんちゃんのことが好きなだけなんだと思う。
理由なんて、大したものはない。強いて言うなら
——初めて会った時から、なぜか、目が離せなかった。それだけだ。
でも、それだけじゃ、説明しきれないくらいには俺はのんちゃんにのめり込んでいる。
のんちゃんが暴走して発狂するたび、嫌だと思ったことは一度もない。そのたびにのんちゃんが、俺を必要としてくれているのが分かって胸のどこかがいつも小さく熱くなる。
これまでの誰にも感じたことのない感情だった。過去の誰かと過ごした時間より、のんちゃんの隣で過ごす、なんでもない一分一秒の方が劇的に長くて濃い。時間の密度が、根本的に違う。同じ一時間なのに、体感が全然違うのだ。
本気で、この人と幸せになれると思っている。願望とか、希望的観測とかじゃなく、もっと確信に近い感覚だった。
結婚のことも、早いだろうなと思いながらも、実はもう頭の中で何度も考えている。彼女の家族が、勝手にあれこれ計画を立てているのは知っているけれど、あんなふうに急かされなくても、俺自身、この人と生きていく未来をとっくに想像できていた。
この先の未来のことはまだ何一つ、口には出していない。のんちゃんにそんな事今言えばオーバーヒートしてぶっ壊れるだけなのは分かりきっている。それに、口に出せない理由は、一つだけある。
——うちの母親。
考えただけで、胸のあたりが、少し重くなる。のんちゃんの家族があんなに賑やかに歓迎ムードだったのを見た後だと、余計にその温度差が際立って感じられた。
うちの母は、優しい人だ。優しいけれど、息子の結婚相手に関しては、昔から独自の「基準」というものを持っている。その基準の詳細は、俺自身もまだ全部把握できていない。ただ、これまで紹介しようと思った何人かの女性がその基準にことごとく引っかかって撃沈してきたことだけは、経験上よく知っていた。ある人は、実家の宗派を聞かれて撃沈した。ある人は、出身地を聞かれて撃沈した。基準の一貫性のなさが、なんともまあ一番厄介だった。予測不可能な審査基準、それが俺の母だった。
のんちゃんのことを、母がどう評価するか。想像すると、あまり明るい絵は浮かばなかった。結構、頭を抱える展開になる。無職。実家暮らし。元彼の件。うつの通院歴。母が重視しそうなポイントを、律儀に全部踏み抜いている自覚があった。もはやビンゴカードのマス目を全部埋めているような状態だった。リーチどころか、完全にビンゴだった。景品がもらえないビンゴなどただの罰ゲームである。
母に紹介する日のことを想像すると、さっきまでの結婚への確信が、急にふにゃりと萎えていく感覚があった。まるで、満タンだった風船からゆっくり空気が抜けていくみたいに。
まあ、いい。今考えても仕方がない。取り急ぎ、目の前の課題はのんちゃんに俺の母親に会わせる勇気を出させることからだ。
その日が来るまでは、この件は、そっと胸の奥にしまっておくことにする。今はまだ、のんちゃんの家族に歓迎されている嬉しい余韻を、静かに味わっていたい。
なんて、我ながら現実逃避が上手すぎる。スーパードライマンの異名は、こういうところにも発揮されているのかもしれない。都合の悪いことから、感情ごと、そっと距離を置く。得意技であり、俺の悪い癖でもある。
それでも——と、俺は思う。
母のハードルが、どれだけ高かろうと。のんちゃんと一緒にいたいという気持ちだけは、多分、この先も揺るがない。
それだけは、今のところ、唯一、確信を持って言えることだった。




