第九話 星を見つける月
二人で衣装を着て、ステージに上がった。
ルナちゃんがスマートフォンから音楽を流した。何度も練習した曲だった。
「振り付け、最初からやってみよう」
「うん」
最初の位置に立った。
ステージの右側に、星。
左側に、月。
前は、ルナちゃんの動きを見逃さないようにするだけで精いっぱいだった。
足を出すタイミング。腕を上げる高さ。回る向き。間違えないことばかり考えて、音楽を聴く余裕もなかった。
曲が始まった。
一歩。二歩。三歩。
ここまでは合った。
腕を上げて、向かい合う。
次に、同時に回る。
わたしは床を蹴った。
けれど、足先がスカートのすそに触れた。
「あっ」
体がぐらりと傾いた。
回り終わるのが、一拍遅れた。
失敗した。
また最初からだ。
そう思って動きを止めようとしたとき、ルナちゃんが予定とは違う方向へ回った。
わたしの前へ来るはずだったのに、少し遠くへ離れていく。
「ルナちゃん?」
ルナちゃんは答えなかった。
そのまま、月の衣装をひるがえして、大きく円を描いた。
そして、遅れているわたしの方へ戻ってきた。
音楽には、ちゃんと合っていた。
ルナちゃんが手を差し出した。
「ほら、みらい」
わたしも、とっさに手を伸ばした。
指先が触れた瞬間、二人の胸元から金色の光が伸びた。
星と月をつなぐリボン。
光のリボンは、わたしたちの間で一度だけ大きく揺れ、それから細かな星になって弾けた。
曲はまだ続いている。
わたしたちは、そのまま最後のポーズまで動いた。
音楽が止まった。
わたしは肩で息をしながら、ルナちゃんを見た。
「今、振り付けと違ったよね」
「うん」
「わたしが間違えたから?」
「間違えたっていうか、遅れただけでしょ」
「それが間違いなんじゃ……」
「でも、止めなくても続けられた」
ルナちゃんは、わたしとつないでいた手を離した。
「前のわたしなら、最初からやり直そうって言ってたと思う」
「うん」
「でも、それだと、みらいがわたしに合わせるだけになるから」
ルナちゃんは、さっき自分が動いた道を指で示した。
「みらいが遅れたら、わたしが迎えに行く。そうしたら、振り付けになるんじゃないかな」
「迎えに……」
「星が遅れたんじゃないよ。月が、まだ星を見つけてなかっただけ」
ルナちゃんが、少し恥ずかしそうに笑った。
「なんか、言い方がかっこつけすぎたかも」
「ううん」
わたしは首を振った。
「好き」
「えっ」
「今の振り付け。好きだと思う」
曲の中で、離れていた月が星を見つける。
二人が同じように動くのではなく、違う場所から相手を見つける。
それなら、わたしたちに合っている気がした。
「もう一回やろう」
今度は、わたしから言った。
☆
二回目は、最初から振り付けを少し変えた。
最初の三歩までは、二人が鏡合わせに動く。
でも、そのあとは、ルナちゃんが大きく回り、わたしはその場に残る。
わたしは胸元の星に手を置いた。
大きく動かなくてもいい。
ゆっくり腕を伸ばすと、袖口の小さな星が、一つずつ光った。
ルナちゃんが、その光を見つけて振り向く。
そこから、二人が近づいていく。
「そう、それ」
途中でルナちゃんが言った。
「その手の動き、もう一回やって」
「でも、曲が止まっちゃうよ」
「今は止めていいから」
ルナちゃんが音楽を止めた。
わたしは、もう一度胸元から腕を伸ばした。
指先を少し上に向ける。袖の星が光を受けて、順番にきらめく。
「きれい」
ルナちゃんの声が、少し弾んだ。
「その動き、わたしには思いつかなかった」
「ただ、衣装が一番きれいに見えるようにしただけだよ」
「それが、みらいの振り付けなんだよ」
「わたしの?」
「うん。ダンスが得意じゃなくても、衣装がどう見えるかは、みらいの方が分かってる」
そう言われて、初めて気づいた。
わたしは今まで、ルナちゃんに教えてもらう側だと思っていた。
ルナちゃんが振り付けを考えて、わたしが覚える。
でも、わたしにも、ステージに持ちこめるものがある。
衣装を描くこと。
色を選ぶこと。
光がどこに当たればきれいに見えるかを考えること。
それも、ステージの一部なのだ。
「じゃあ、サビの最初に入れてもいい?」
「もちろん」
「ルナちゃんは、その光を見てから動いて」
「分かった。星を見つけた月が、迎えに行く」
わたしたちは、もう一度最初の位置に戻った。
三回目。曲が始まった。今度は、ルナちゃんの動きを追いかけなかった。
自分の前にある光を見た。
音楽を聴いた。
一歩。二歩。三歩。
ルナちゃんが月のように大きく回る。
わたしは胸元の星に触れ、ゆっくり腕を伸ばした。
袖口の星が、一つ、二つ、三つと光る。
ルナちゃんが振り向いた。
目が合った。
その瞬間、次に何をすればいいか、考えなくても分かった。
わたしは一歩、前へ出た。
ルナちゃんも一歩、近づいた。
二人の距離が縮まって、手と手が重なった。
金色のリボンが現れた。
今度の光は、さっきよりも強かった。
星と月の間をつなぎ、二人の周りをくるりと回る。リボンの軌跡から小さな光がこぼれて、ステージの上へ降っていった。
その中を、二人で回った。
速さは違っても、動きの大きさが違っても、離れなかった。
最後は並んで、客席のない屋上へ手を伸ばした。
音楽が終わった。
しばらく、息をする音だけが聞こえた。
「……できた」
わたしが言うと、ルナちゃんがうなずいた。
「うん。できた」
「間違えなかった」
「間違えてもよかったんだけどね」
「でも、今度は間違えなかった」
それがうれしくて、わたしは笑った。
ルナちゃんも笑った。
きゅるるが、ステージの下で大きくしっぽを振っていた。
「やっと、ペアになったきゅる」
「今までもペアだったよ」
ルナちゃんが言うと、きゅるるは偉そうに首を振った。
「今までは、同じステージに立ってる二人だったきゅる」
「今は?」
「相手を見ながら立ってる二人きゅる」
わたしは、ルナちゃんを見た。ルナちゃんも、わたしを見た。
同じようには踊れない。同じことを考えているわけでもない。
でも、違うまま相手を見ることならできる。
それが、二人で立つということなのかもしれない。
ステージの上に浮かんでいた星形の光が、ゆっくりと明るさを増した。
一つ、二つ、三つ。
消えていた光も、また灯り始める。
「きゅるる、見て」
「見てるきゅる」
きゅるるはうれしそうだった。
でも、全部の光が戻ったわけではなかった。
一番高いところに浮かぶ星だけが、弱くまたたいている。
「まだ、足りないの?」
「すぐに全部戻らなくてもいいきゅる」
きゅるるは、その星を見上げた。
「一度弱くなったきらめきは、少しずつ育てるきゅる」
「育てる……」
「今日みたいな時間を、重ねていくきゅる」
ルナちゃんが、もう一度最初からやろうと言った。
わたしもうなずいた。
さっきより、もっとよくできるかもしれない。
よくできなくても、また二人で考えればいい。
音楽をかけようとした、そのときだった。
屋上へのドアが開いた。
きい、と古い音がした。
「ここで何をしているんですか」
聞き覚えのない、落ち着いた声だった。
わたしとルナちゃんは、同時に振り向いた。
入り口に、見慣れない人が立っていた。
きっちりとした制服。まじめそうな目。手には学校のロゴが入ったバインダー。
その人はわたしたちを見て、少し目を細めた。
「ここに、一年生が二人」
声が落ち着いていた。感情的じゃないけれど、ゆるんでもいない。
「屋上の無断使用は、認められません」
バインダーにペンを走らせながら、続けた。
「氏名と学年、あと、ここを使い始めた日を教えてください。確認させてもらいます」
「あ、えっと」
ルナちゃんが声を出した。でも、その人はルナちゃんではなくわたしを見ていた。
「まず、理由を説明してください。ここは原則として使用禁止区域です。正当な理由がなければ、生徒会として使用停止の手続きを取ります」
生徒会、という言葉で、わたしは思い出した。
二年生の生徒会副会長。綾瀬まどか先輩。
きゅるるがわたしの足元からそっと顔を出した。まどか先輩はそれを見て、一瞬だけ目を丸くした。でも、すぐに表情を戻して、きゅるるに向かってまっすぐ言った。
「小動物さん。あなたがここの責任者という認識でよろしいですか?」
きゅるるが固まった。
わたしも固まった。
ルナちゃんが、小さな声で「小動物さん……」とつぶやいた。
「きゅるるは、きらめきナビきゅる」
「では、きらめきナビ兼、現場責任者ということで」
「勝手に役職を増やさないでほしいきゅる」
たぶん、きゅるるが生まれて初めて「小動物さん」と呼ばれ、その直後に現場責任者へ任命された瞬間だった。
まどか先輩は真顔のままバインダーにペンを走らせて、続けた。
「この屋上ステージは、今日から使用禁止です。正式な申請と許可が下りるまで、立ち入りはご遠慮ください」
その言葉が、夕暮れの屋上に静かに落ちた。
使用禁止。
ステージが、使えなくなる。
わたしはルナちゃんを見た。ルナちゃんもわたしを見た。
きゅるるは、まどか先輩とわたしたちを交互に見て、しっぽをぴたりと止めた。




