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きらめきステージは、放課後の屋上で  作者: 明石竜


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3/10

第三話 月みたいなルナちゃん

 返事ができなかった。

 ルナちゃんの「一緒にステージ出てみない?」という言葉が、頭の中でずっとぐるぐるしていた。夜寝るときも、朝起きたときも、学校へ向かう道でも。

 一緒に、ステージ。

 その言葉は、夢みたいにきれいだった。きれいすぎて、まるで自分に向けられた言葉じゃないみたいだった。

 ルナちゃんはあのあと「急がなくていいよ」と言って、屋上を先に下りていった。さらりとしていて、重くなかった。でもだからこそ、かえってどう答えればいいか分からなかった。

 断るのは違う気がする。

 でも、うなずく勇気もない。

 わたしは鞄の中のスケッチブックを、指先でそっと確かめた。

   ☆

 朝のホームルームが始まる前、こころちゃんが黒板の前に立って、クラスの子に話しかけていた。ポニーテールの黒髪が、話すたびに元気よく揺れている。大きな目と、いつも笑っているような口元が目立つ子だ。

「ねえねえ、今週末のきら☆あま見た? ルナのダンス、めちゃくちゃよかったじゃん。コメントもすごかったよね」

「見た見た。あのターンのとこ、何回か見直したもん」

「でしょ! あたしもう五回見たし」

 こころちゃんはクラスで一番よくしゃべる子で、情報が早い。悪い子じゃないけれど、この声の大きさについていくのがわたしは少し苦手だった。

 ルナちゃんはその輪の真ん中で、照れくさそうに笑っていた。

「そんなよくなかったよ。出だしのとこ、タイミングちょっとずれてたし」

「全然気づかなかったけど?」

「わたしが気づいてるから、だめなんだよ」

 その言葉が、なんとなく引っかかった。

 ルナちゃんは、自分に厳しいんだな、と思った。外から見たら完ぺきなのに、自分ではまだ足りないと思っている。

 ……でも、それはわたしには関係のないことだ。

 席に着いて、スケッチブックを机の上に広げた。今日描こうとしているのは、ペアの衣装だった。星と月、二人分。昨日の夜から、ぼんやりとそのデザインが頭の中にあって、形にしたくて仕方がなかった。

 でも、描き始める前に手が止まった。

 返事もしていないのに、ペアの衣装を描いたら、もうやると決めたみたいじゃないか。

 そう思って、別のページを開いた。

   ☆

「みらいちゃん」

 声をかけられて、顔を上げた。

 ひなのちゃんが、いつもの小さな声で言った。

「今日のスケッチ、どんなの描いてるの?」

「あ、まだ描いてないんだ。どうしようか迷ってて」

「そうなんだ」

 ひなのちゃんはちょっとだけうなずいて、また自分の本に目を落とした。

 でも少しして、顔を上げずにぽつりと言った。

「みらいちゃんの絵、見てると少し元気になる」

 わたしは手を止めた。

「……なんで?」

「なんでかな」

 ひなのちゃんはゆっくり考えるみたいに、少し間を置いた。

「見てると、こういう世界があったらいいなって思えるから、かな。きらきらしてるけど、おしつけがましくなくて。そっとある感じがして」

 そっとある、という言葉が、わたしの胸のどこかにやわらかく触れた。

 誰かの元気になれるなら。

 そういう衣装を、わたしは描いているのかもしれない。

 気がついたら、スケッチブックのページに、鉛筆を走らせていた。

   ☆

 放課後、ルナちゃんがわたしの席に来た。

「みらい、今日時間ある?」

 声をかけられることを予期していなかったから、びっくりして顔を上げた。ルナちゃんはにこっと笑っていた。

「屋上、一緒に行こうよ。昨日のステージ、もう一回やってみたくて」

「えっと……」

「あ、返事まだでよかったんだけどね。ただ一緒に行くだけでも全然いいよ」

 そういうところがルナちゃんらしいと思った。圧をかけてこない。でもそのぶん、断りにくくもあった。

「……うん、行く」

「やった」

 ルナちゃんは素直に喜んで、鞄を持った。

 こころちゃんが遠くから「ルナー、今日練習しないの?」と声をかけてきた。

「屋上でやってみようかと思って」

「えっ、屋上って入っていいんだっけ」

「たぶん大丈夫」

 たぶん、という言葉でこころちゃんはわりとすぐ納得して、「またあとでー」と手を振った。明るくていい子なんだと思う。

   ☆

 屋上のドアを押すと、きゅるるはいつもの場所にいた。手すりの上で、しっぽをゆらゆらさせて空を見ている。

 今日は、ルナちゃんにもきゅるるが見えた。

「なにあれ」

 ルナちゃんが小さな声で言った。驚いているけれど、怖がっている感じじゃない。不思議そうに、でも目を輝かせながらきゅるるを見ていた。

 きゅるるはルナちゃんの方を向いて、少し偉そうに胸を張った。

「きゅるるきゅる。きらめきナビきゅる。よろしくきゅる」

「しゃべった……」

「当たり前きゅる」

「かわいい……!」

 ルナちゃんはぱっと顔を輝かせて、きゅるるの方へ歩いていった。きゅるるは少し面食らったみたいな顔をしたけれど、ルナちゃんがそのふわふわの耳をそっと触れそうに近づいてくると、さりげなく一歩引いた。

「触らないでほしいきゅる」

「えっ、なんで」

「ナビにそういうことしちゃダメきゅる?」

「ごめん……でもかわいい」

「知ってるきゅる」

きゅるるは一歩ずつ下がり、ルナちゃんは一歩ずつ近づいていく。

初対面のあいさつというより、小動物との距離のつめ方を間違えている人だった。

「ルナちゃん、少し離れた方がいいかも」

「でも耳が星なんだよ?」

「理由になってないきゅる」

 ルナちゃんがくすくす笑った。きゅるるはますます偉そうにしていたけれど、しっぽが嬉しそうにゆれていた。

   ☆

 ステージに光が灯った。

 昨日より少し慣れて、わたしはドレスを着るのにかかる時間が短くなった。袖のレースを整えながら、ルナちゃんを見ると、ルナちゃんはもうステージの真ん中に立って、床を足先で確かめていた。

「いいステージだね。古いけど、ちゃんとしてる」

「うん」

「なんか、好きだな。こういう感じ」

 ルナちゃんはそう言って、スマホで音楽をかけた。

「じゃあ練習しよ。みらいも一緒に」

「え、わたしも?」

「一緒じゃないと意味ないから」

 きゅるるがわたしに向かって「ほらきゅる」とうなずいた。

 仕方なく、ステージの端の方に立った。

 ルナちゃんが最初の動きを見せてくれた。

 足をそろえて腕を上げ、三歩進んでから、くるりと回る。

「こんな感じ。やってみて」

 わたしもまねをした。

 けれど、回ったところでバランスを崩し、足がもつれた。

「あ、もう少しゆっくりでいいよ。あと、前を見て」

「うん」

 もう一度やってみた。でも今度は、腕の動きが遅れた。

 ルナちゃんは悪くない。分かりやすく教えてくれている。

 それでも、ルナちゃんが簡単そうにやることを、わたしは一つずつ考えないとできなかった。

「もっと自信持てばいいだけじゃん」

 ルナちゃんは、励ますように笑った。

 でも、その言葉が胸の奥に引っかかった。

 それができたら、最初から困っていない。

「……うん」

 わたしは小さく答えて、もう一度、足の位置を確かめた。

声が少し硬くなったかもしれない。ルナちゃんは気づかなかったみたいで、次の動きへと進んでいった。

 わたしはついていきながら、心の中でその言葉をかみしめていた。

 自信を持てばいい。簡単に言う。ルナちゃんには、分からないんだと思う。自信がないってどういうことか。教室のすみで絵を描いているだけの子が、ライトを浴びるのがどんなに怖いか。

 ルナちゃんには、関係のないことなんだ、きっと。

   ☆

 しばらく練習して、日が傾いてきた頃、ルナちゃんが「今日はここまでにしよっか」と言った。

 わたしはほっとしながら、ドレスを脱いだ。ドレスはすうっと空気に溶けて消えた。いつもそうだった。

「みらい、今日ありがとね。また来れそう?」

「……うん」

「よかった。次はもっと長くやろう」

 ルナちゃんは屋上を先に下りていった。

 ルナちゃんを見送った直後、ステージの上で小さな音がした。

 ぱちん。

 振り向くと、浮かんでいた星形の光が一つ、消えていた。

「あれ?」

 残った光も、一度だけ弱くまたたいた。

 きゅるるがステージを見上げた。さっきまで揺れていたしっぽが、止まっている。

「きゅるる、今の……」

「今日は少し疲れただけきゅる」

 きゅるるはすぐに答えた。でも、いつもの偉そうな声より、ほんの少しだけ小さかった。

「ステージも疲れるの?」

「質問が多いきゅる。みらいも今日は帰るきゅる」

 そう言いながら、きゅるるは消えた光から目をそらさなかった。


 きゅるるが手すりからぴょんと跳び降りて、わたしの隣に来た。

「みらい、顔が硬いきゅる」

「……ちょっと、疲れた」

「ルナの言葉、気になってるきゅる?」

 図星だった。きゅるるには何でもお見通しらしい。

「自信持てばいいって、そんな簡単じゃないよ」

「そうきゅる」

 きゅるるはあっさりうなずいた。

「ルナちゃんみたいには、できないよ」

「ルナも、まだ分かってないことがあるきゅる。ルナには、ルナの怖いことがあるきゅる」 

「ルナちゃんに怖いこと?」

「今はまだ、言わないきゅる」

 もったいぶった言い方をして、きゅるるはしっぽをふわりと揺らした。

 ルナちゃんにも怖いことがある。そのことだけが、わたしの中に残った。


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