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きらめきステージは、放課後の屋上で  作者: 明石竜


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2/8

第二話 わたしが、ステージに?

 次の日の朝、起きたとき、最初に考えたのは屋上のことだった。

 あれは夢だったのだろうか。

 でも、スケッチブックを開くと、昨日の夜に描き加えた絵がそこにあった。ステージの上に立っている、小さなわたし。夢なら、これは描けない。

 だから夢じゃなかった。

 ということは、きゅるるも、光るステージも、本物だったことになる。

 朝ごはんを食べながら、そのことを何度も頭の中で確かめた。リスとフェネックを合わせたみたいな、星型の耳を持つ小動物。生意気なのに、どこかやさしい声。そして、わたしが描いた衣装が本物になった、あの瞬間。

 学校へ行く足が、昨日より少しだけ軽かった。

   ☆

 教室に入ると、いつもと変わらない朝だった。

 花咲こころちゃんが、黒板の前で友だちとにぎやかに話している。ひなのちゃんはもう席に座って本を読んでいた。ルナちゃんは友だちに囲まれて笑いながら、なにか動画を見せている。 

 わたしは自分の席に座って、鞄からスケッチブックをそっと取り出した。

 ひなのちゃんが顔を上げた。

「おはよう、みらいちゃん」

「おはよう」

 それだけ言って、ひなのちゃんはまた本に戻った。それがひなのちゃんのいつもの朝の挨拶で、わたしはそれでじゅうぶんだった。

 スケッチブックを膝に置いて、昨日のドレスの絵を見つめた。

 また、行ってもいいのかな。

 そう思っていると、窓から風が吹いてきた。べつに何でもない、ただの朝の風。でも、なんとなく背中を押された気がした。

   ☆

 放課後、わたしは屋上への階段を一人で上った。

 今日は、紙は飛ばない。誰かに呼ばれているわけでもない。でも、足は自然と向かっていた。

 ドアは昨日と同じように、少しだけ開いていた。押すと、きいと音がして、屋上の空気が流れこんできた。

 きゅるるはいた。

 ステージの端の手すりに座って、大きなしっぽを振り子みたいに左右に揺らしながら、空を見上げていた。わたしが来たことに気づくと、ゆっくり顔を向けた。

「来たきゅる」

「……来た」

「はやかったきゅる」

「学校が終わったらすぐ来たから」

「ふうん」

 きゅるるはそれだけ言って、また空を見た。特に驚くでも喜ぶでもなく、当たり前みたいな顔をしている。でもしっぽが少しだけ速く揺れていたから、嬉しかったのかもしれない。

 わたしはきゅるるの隣に立って、同じ方向を見た。夕方の空は、薄いオレンジと水色が混ざっていた。雲が少しだけあって、端がうっすらと金色に光っている。

「きゅるる、今日もステージが開くの?」

「開くきゅる。みらいが来たから」

「わたしが来たから?」

「みらいのきらめきがないと、ステージの光は灯らないきゅる」

 それはどういう意味なのか、うまく分からなかった。でも、なんだか不思議とうれしかった。わたしがいないと、という言葉に。

「今日は、もう少しちゃんとステージに立ってみるきゅる」

「えっ」

「昨日は衣装を着ただけきゅる。今日は、立つきゅる」

昨日は、絵から本物のドレスが出てきて、そのドレスが勝手にわたしを着た。

わたしの中では、もう最終回くらいの出来事だった。

でも、きゅるるにとっては、まだ第一歩らしい。

「……歌えないよ、わたし」

「歌わなくていいきゅる」

「ダンスも、できない」

「しなくていいきゅる」

「じゃあ、何をするの?」

 きゅるるはわたしを見て、真剣な顔で言った。

「立つだけでいいきゅる。最初は」

   ☆

 きゅるるが手を叩くと、昨日と同じように光が灯った。

 でも今日は、昨日より少しだけ明るかった。ステージの照明がやわらかく温まって、木の床が光を反射している。袖の方に小さな星形の飾りがいくつか浮かんで、ふわりふわりと揺れていた。

 昨日のドレスが、また現れた。

 夜空色のワンピース。小さな星の飾り。胸のリボン。袖のレース。

 わたしはそれを受け取って、きゅるるに背を向けてドレスを着た。なんとなく不思議なのは、それがとても自然に体に合うことで、きつくもゆるくもなかった。まるで最初からわたしのサイズで作られていたみたいに。

 当たり前か、と思った。わたしが描いたんだから。

「行くきゅる」

 きゅるるに促されて、ステージへの短い階段を上った。三段だけの低い段差。でも、その三段がすごく遠く感じた。

 一段目。

 二段目。

 三段目を上ったとき、ライトがまっすぐわたしを照らした。

 足が止まった。

 眩しいとか、怖いとか、そういう感情が全部いっぺんに来て、どれが一番かも分からなかった。とにかく動けなかった。

「みらい」

 きゅるるがステージの下から見上げている。

「足、震えてるきゅる」

「……分かってる」

「震えたまま立てばいいきゅる」

「それで大丈夫なの?」

「大丈夫きゅる。震えながら立ってる子を、ステージは笑わないきゅる」

 それはきゅるるの言う「ステージ」が何かを知っているということで、わたしはそれが少し気になったけれど、今は考えられなかった。

 ライトが温かかった。

 夕方の光じゃなくて、ちゃんとした舞台の光。それがわたしのドレスに当たって、星の飾りがきらきらと反射した。

 思っていたより、きれいだった。

 ドレスが、こんなにきれいだったんだ。

 スケッチブックの中だと分からなかった。絵の中では白黒か、せいぜい薄い色鉛筆で描いただけで、こんな風に光るものだとは思っていなかった。

 いつもは髪に隠れがちな自分の顔が、ライトの中では少しだけ違って見えた。足の震えが、少しだけ小さくなった。

   ☆

 どのくらい立っていたのか分からないとき、屋上へのドアの方から声がした。

「あれ、誰かいる」

 心臓が止まるかと思った。

 振り向くと、野月ルナちゃんが立っていた。

 ルナちゃんも制服姿で、動きやすいようにスニーカーを履いていた。いつもは肩の上で揺れている髪を、今日は後ろでまとめている。手にはスマートフォンを持っていた。

 わたしのことを見て、ルナちゃんは少しだけ目を丸くした。

「……星岡さん?」

 名前を呼ばれた。ルナちゃんに、ちゃんと。わたしのことをルナちゃんが知っていた、ということにまずびっくりした。

「あ、えっと……」 

「なんでそんなかわいいドレス着てるの? ここで何してるの?」

 ルナちゃんは不思議そうにしながらも、怖そうじゃなかった。責めている感じもない。ただ純粋に、どういうこと? という顔をしていた。

 わたしは答えられなくて、助けを求めてきゅるるを見た。

 きゅるるはステージの影の方にいて、わたしにだけ見えるように、こそっとウインクした。

「きゅるるのことは、見えるときと見えないときがあるきゅる。ルナには、今はぼくは見えてないきゅる」

 小声でそう言った。わたしにだけ届く声らしかった。

「じゃあ、わたしはなんでここにいることになるの?」

「正直に言えばいいきゅる。全部じゃなくていいから」

 その答えは少し不親切だと思ったけれど、ルナちゃんはもう屋上に入ってきていた。

「この屋上、入っちゃいけないって聞いてたんだけど……わたしもここ、ちょっと気になってたんだよね。古いステージがあるって」

 ルナちゃんはきょろきょろとあたりを見て、ステージを見つけると、ぱっと顔が明るくなった。

「ほんとだ、ステージがある。なんかライト、ついてる」

「……うん」

「なんで?」

「わからない、です」

 嘘ではなかった。正確なことはよく分からないのだから。

 ルナちゃんはしばらく考えるような顔をして、それからステージを見上げた。

「ねえ、わたしもちょっと上がっていい?」

   ☆

 ルナちゃんがステージに上がると、雰囲気がまるで変わった。

 それは本当に、そう感じた。さっきまでわたしが震えながら立っていた場所に、ルナちゃんが立った途端、ライトがなんだか自然に馴染んだ気がした。

 ルナちゃんは慣れているんだ。こういう場所に立つことに。

「ちょっとだけ、いい?」

 ルナちゃんはそう言って、スマホで音楽をかけた。明るいポップな曲で、わたしが聴いたことのある曲だった。きらめき☆あまみのテーマ曲だと思う。

 それに合わせて、ルナちゃんが動き始めた。

 すごかった。

 ただの言葉でしか表せないけれど、本当にすごかった。体が音楽に溶けているみたいで、足が、腕が、首の傾け方まで全部、音のリズムの一部になっていた。笑顔も自然で、ステージの照明を浴びながら踊るルナちゃんは、学校で見るときよりもずっとずっと輝いていた。

 わたしは端の方に立って、ただ見ていた。

 こんな子と、同じステージに立っていた。

 さっきまで足が震えていたのに、ここにいていいのかなと思っていたのに、それはそれとして、やっぱりルナちゃんはまぶしかった。

 曲が終わって、ルナちゃんは息を整えながらわたしを見た。

「どうだった?」

「……かっこよかった」

 正直な感想だった。ルナちゃんは少し照れたように笑った。

「ありがと。でも、まだ全然だよ。新しい振り、まだ体に入ってないとこあって」

「全然に見えなかった」

「そう?」

 ルナちゃんは少し首を傾けた。それが謙遜なのか本心なのか、わたしには読めなかった。

「ねえ、星岡さんのそのドレス、すごくかわいいんだけど」

 急に話が変わって、わたしは少し固まった。

「自分で選んだの? どこのやつ?」

「……自分で、デザインした」

「えっ」

 ルナちゃんの目が丸くなった。

「自分で? 作ったの?」

「作ったわけじゃなくて、描いたら……なんか、できてた」

「なんか、できてた……」

 ルナちゃんは少し考えるような顔をして、それからドレスに近づいてきた。袖のレースをそっと触って、星の飾りを指先でなぞった。

「すごくきれい。この星の飾り、細かくて……こんなの、よく思いつくね」

 その声がやわらかかったから、わたしは思わず少しだけ正直になった。

「ずっと、こういう衣装が好きで。スケッチブックに描いてて」

「うそ、見せて」

「えっ、恥ずかしい」

「なんで? こんなにかわいいのに」

 ルナちゃんには悪意がなかった。本当にただ、かわいいと思って言っている顔をしていた。

 わたしは鞄を取って、ゆっくりスケッチブックを出した。

 本当は誰にも見せたことがない。でも今日は、なぜかそれが少しだけできそうな気がした。

 ルナちゃんはスケッチブックを受け取って、一ページずつゆっくりめくった。

 何も言わなかった。

 その沈黙が怖くて、早く返してほしいと思い始めたとき、ルナちゃんがぽつりと言った。

「すごいじゃん、これ」

「……え?」

「センスがある。なんていうか、見てると、ここに立ちたくなるような衣装ばかりで」

 そう言って、ルナちゃんは顔を上げてわたしを見た。

「ねえ、星岡さん」

「……なに?」

 ルナちゃんは、笑った。

 教室で見るときと同じ、明るい笑顔。でも、今は少しだけ違う光を持っているような気がした。ステージの上で、照明を背にした笑顔だから、かもしれない。

「みらい、って呼んでいいよね。ねえ、みらい。わたしと一緒に、ステージ出てみない?」

 その言葉が、夕方の屋上にやわらかく広がった。

 きゅるるが影の方で、しっぽをぱたりと揺らしたのが見えた。

 わたしはすぐに答えられなかった。

 でも、ドレスの星の飾りが、ルナちゃんの言葉に反応するみたいに、きらりと一度だけ光った。


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