第八話
「はっ。」
陽が傾き、地平線の向こうに隠れようという時間。
意識を手放していたコタンは目を覚ました。
周りを見渡すと、やはり目の前には大きな岩が刺さった自宅があった。
「夢じゃなかったのか。」
今日の出来事があまりに非現実的だったため、夢だったのかと一瞬考えたが目の前の光景を見てそうではないことを悟る。
「エトロンはもうどこかへ行ったか?」
「わらわならここにいるぞ。」
頭にエトロンの声が響くと共にコタンの視点が上に上がる。
正確に言うならば、コタンは白狐になったエトロンの上で眠っており、エトロンが立ち上がったため視点が上がったのだ。
「うおっ。」
「全く、心配したんじゃぞ。これだから人の身というものは弱いから困る。」
「いや、まあ。すまん。」
ふかふかなエトロンの背中から降りる。
先ほどよりもその顔色は良く見える。
やはり戦闘のせいか疲れていたのだろう。
「それでじゃな。お主が横になっている間にわらわはいくつか案を持ってきた。」
「案?」
「うむ。」
エトロンは銀髪の女の姿に戻り、コタンとの話を続ける。
「今回はわらわの行動が原因でお主の住まいを壊してしまったわけじゃからな。
まさか放置していくにはいかん。」
「じゃあ、家を戻してくれるのか?」
「それは難しいのう。」
エトロンは神の行使する力について説明する。
神力というのは世界に新たな形を与えるための力である。
生命を生み出したり、物質を生み出したりするためにある。
今回、コタンの家を元に戻すには新たなものを生み出すのではなく時を遡る神術を行使する必要があるが、これは神術をかなり発展させて発動させる必要があるため、神力の消費が激しい。
今のエトロンでは厳しいため、コタンを納得させるために二つの代案を考えたのだ。
「一つ目は似たような家をこの岩を動かして建てるというものじゃ。
全く同じにはできんし、また、中にあったものを戻すことなどもできん。
ただ、生きるのに必要な食料ぐらいは残していくことはできる。」
コタンは顎に手を当てながら静かに聞く。
「二つ目は、お主がこの一年をどこかで過ごし、わらわの力が回復するのを待つというものじゃ。
一年も経てば家を戻すだけの力は回復する。どうじゃ?」
エトロンは優しく微笑みながら提案する。
しかし、コタンがそれに頷くことはなかった。
「いや、いい。どちらにしてもエトロンの力を消費させてしまう。
所詮俺はこの世界に住む人間の一人だ。こんなことで手を煩わせるわけにはいかない。
家は新しく自分で建てようと思う。」
目に強い光を宿して答える。
「そんな遠慮することはないのじゃが。
じゃあ代わりに一つ、お前の望むことを叶えてやろう。」
「叶えてほしいことか。」
今度は腕を組んで真剣に考える。
エトロンの手を煩わせない程度の願いで、叶えてもらいたいことと言われるとなかなか難しい。
神力を使わせてもいいのであれば、過去に時を戻してもらったり、それこそ家を建ててもらったりと色々願いはある。
が、制約の中でと言われると…
「うーむ。」
「ないならないでいいぞ。
また旅の途中にでも寄ってやる。それまでに考えておけ。」
「旅?」
その言葉にコタンが反応する。
「そうじゃ。
わらわを含む神は、自分の季節以外は巡回と称して世界中を旅する。
お前のように神を見ることができる人間を探すことも楽しいしのう。」
「決めた。
エトロン、俺を一緒に旅へ連れて行ってくれないか?」
*
「本当に良かったのか?」
コタンとしてはダメもとの頼みで、まさかエトロンが頷くと思っていなかった。
「当たり前じゃろうが。
逆になぜ断ると思うのじゃ?」
「いや、そりゃあ邪魔だろうし。」
「何をいうておる。」
笑いながらエトロンは続ける。
「第一、邪魔であれば先の戦闘にも連れて行っておらん。
わらわがお前を必要だと思ったから連れて行ったのじゃ。」
思いがけない優しい言葉に何も返せないコタン。
無言で、家の周りに置いてあり無事だった道具たちをまとめ始める。
その様子を優しく微笑みながら見守るエトロン。
先ほどの勝利は、自分一人では得られなかったと思っているのは事実だ。
一人であれば途中で心が折れていたかもしれない。
コタンという庇護すべき存在が見ていたため、全力で戦闘に挑むことができた。
そのことに気づかず、何もしていないと思っているその謙虚さに、
「ふふふ。」
思わず笑みが声にも出てしまう。
「おいおい、何を笑っているんだ?」
怪訝そうな顔で尋ねるコタン。
「いや、ただ、そうじゃな。お主はそのままで居れば良いということじゃ。」
「はぐらかすなよ。」
「思っていることをそのまま言ったまでのことよ。
それより、準備はできたのか?」
「ああ。」
コタンは一つの大きなカバンに荷物をまとめ終えたようだ。
「それじゃあ、行こうか。」
エトロンは姿を白狐に変え、コタンが乗りやすいようにかがむ。
コタンがその上に飛び乗り、彼らの旅は始まる。
第一章終わりです。




