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季節は神の悪戯か  作者: 迫る騎士鹿丸
第一章:静かな冬の森にて

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第三話

およそ千年前のエトロンはといっても、大して今と変わらない。傷がないとか、髪がもっと美しいとか、その程度である。

中身も大差ない。多少千年の時を経て、経験値が増えたぐらいだ。


さて、この世界、南の方に行くとだんだん暖かい気候になる。

冬でも雪が降らず、年中、鬱蒼とした森に囲まれた気候の地にエトロンはいた。


季節は夏。

暑さが特にひどくなる時期に、一人森を彷徨う銀髪の女がいた。

言うまでもなく、エトロンである。


「夏というのはいかん。ここは冬でも暑いが、夏は特にひどい。

 今度会ったら光の女神のやつに一言、言ってやらんと。」


言ったところで、光の女神、ムカには自分でどうこうする方法はないのだが、この暑さをやり切るには、こうやって八つ当たりするほかなかったのだ。


滴る汗を袖で拭きながら木々の間を歩く。

もうどれほどになるか分からないが、エトロンは随分長い間森の中で迷っていた。

しばらく前に、興味本位で広大な森を突っ切ってみようと入ったのだが、気づけば自分がどの方角に向かっているのかすら分からなくなり、抜け出せなくなったのだ。

神力を使って飛んだり、方向を調べたりすれば、森から簡単に抜け出すことはできるが、それは最終手段である。

この手段は先ほどエトロンがコタンに語ったように、同程度の力で争うということから外れて面白くないので、秋になって自分の季節が近づくまでは使いたくはない。


かくして、エトロンは終わる気配のない、無謀な挑戦をしていたのであった。


それから二日後。

相変わらず汗を流しながら密林を進む銀髪の女がいた。

言うまでもなく、エトロンである。


「うむ。先ほどもこのような景色を見た気がするのじゃが。

 一体どうしようかの。」


一人ごちていると、後ろから茂みをかき分ける音がした。

振り向くと、


「何やら人声がすると思えば女か。

 いや、貴様、人間ではないな。」


一人の男が現れた。

肌の色は褐色で、髪は剃られている。歳は二十代ほどだろうか。

背中には大きな弓が背負われており、狩りの最中であったことが伺える。


「銀髪で獣の耳を持つ者と言ったら、俺は創世記でしか聞いたことがないのだが。

 もしや、水の神、エトロン様か?」


「いかにも。そうじゃ。」


「そうか…」


「なんじゃ、何か言いたげじゃな。」


「いや、神なら神力があるのだから、こんなところで迷うはずがないと思うんだが、それだけ衣服が汚れているとなると迷っているように思われてだな。」


男は残念なものを見るような視線をエトロンに向ける。

それに対してエトロンは自説を強く主張する。


「そこで神力を使っては面白くないじゃろう。

 自然の力には己の知恵で勝負するのが対等な勝負というものじゃ。

 神力を使うのはなんというか、そう、大人気がないというもの。」


「その理屈で行くと、エトロン様は自然の力に負けているということでよろしいか?」


「ち、違う。まだ勝負の続きなのじゃ。」


「そうか。じゃあ、頑張ってくれ。」


そう言って、去ろうとする男に、エトロンは慌てて声を掛ける。


「そ、そ、そうじゃ。道中で出会ったものに道案内を頼むのは、勝負として力の釣り合いが取れていると思わんかの?」



己の知恵と頭脳だけでは森から抜け出せそうにない。

ただ、くだらない勝負とはいえ、自分が創造したものに負けるのは、いや、自分が創造したものでなくても、負けるということは神としてのプライドが許さない。


そこで、自分が生み出したものに手伝ってもらうことはルール上問題あるまい、と考えたエトロンは男に森からの脱出を助けてもらおうと考えたのだ。

なお彼女は人間を含む、生物を生み出すのに神力を使ったことは忘れている。


男は立ち止まり、一つ息を吐いて言った。


「いいだろう。その代わりにと言ってはなんだが、面白い話を聞かせてくれ。」



男の名はニタと言った。

ジャングルの中に住む民族:カタイ族の若者で、現在は一人で暮らしている。


なんでもこれはカタイ族の風習で、成人を迎えた男は一年を一人で暮らさなくてはならないそうだ。

厳しい自然の世界を生き残った者は、生まれ育った村に戻り、結婚して家庭を築く。

そしてまた次の世代へと強い遺伝子を繋いでいくのだ。


「ところで、なぜお前は創世記に詳しいのじゃ?」


気になっていたことを尋ねる。

エトロンがそれまでに出会った人間のうち、見てすぐにその正体に辿り着かれたのはこれが初めてだった。

普通の人間は、コタンのように、せいぜい冒頭ぐらいしか教わっていない、あるいは覚えていないのだ。


「俺は、書記の息子だからな。小さい頃から本は読み放題だったんだ。」


ニタが生まれ育ったカタイ族の村は先祖代々住み続けて、それなりに歴史のある村となっていた。

それに合わせて文明も発展しており、当時の世界にしては珍しく文字が使われ、法の整備の行き届いた村ーここまで発展しているのなら都市と呼ぶべきだろうーとなっていたのだ。

そんな都市で、都市の歴史や人類の歴史を刻む仕事をしていたのがニタの家系である。

毎日、政一つ一つを本にまとめることが主な仕事だが、同時に都市に住む人々から創世記の断片を聞き、少しでも穴のない創世記を完成させることを副職としていた。


カタイ族は世界を創造した四神に対して強い信仰心を持っている。

都市には四神それぞれを祀った立派な寺院もあり、季節ごとに欠かさず祭事を執り行うほど信仰は厚い。

そのため、神々の功績について調べることを仕事とする司書の村での立ち位置はかなり高い。

どれくらい高いかと聞かれたら、最高位である村長の次くらいに高いのだ。


その息子であるニタは、次代の書記として厳しい教育を受ける必要性があったが、教育の時間以外は自由に過ごすことが許されていた。

願えば基本的になんでも手に入る立場だ。であれば遠慮なくやりたいことをやらせてもらおうと、ニタが選んだのは本を手に入れることだった。


ニタは読書が好きだ。

それはもう、三度の飯を忘れて本の世界に没頭するくらい。なんなら眠ることすら忘れるほど。

もちろん、紙の素材や、文字を書ける者の数は限られていたため、本は非常に高価であったが、ニタの家系は代々、書記という仕事を継承してきたのだ。

わざわざ外に出て買いに行かなくとも、先祖が公務で書いたものの写しなどが家に揃っていたのである。


というわけで、読み書きを覚えて以来、自由時間を全て読書に捧げた結果、これまでに判明した創世記の部分は繰り返し読んだため、完全に暗記してしまったのである。


「なるほどのう。であれば、わらわのことはよく知っていおるのか?」


「村に伝わっている範囲のことであれば全て知っている。

 エトロン様の好みの男は、程よく焼けていて、髭のある、頼れる男であること、とかな。」


「…そのようなことはどのように伝わったのじゃ?」


「これは、たまたま一千年ほど前に我々の村を訪れた風の神、キラ様から伺ったものが引きつがれている。」


「あやつめ。

 余計なことばかり言いよって。今度あったら文句を言ってやらねば。」


ほおを膨らませて、キラへの恨み言を言うエトロンに、ニタは続ける。


「ただ、こうも言っていたそうだ。

 『四神の中で最も面白いのはエトロンだよ。いつも、常人には思いつかないことをして、私たちを楽しましてくれるんだよね。』と。」


「そうかそうか。ならば良いのじゃ。」


キラが言っていたという言葉を聞いて、先ほどまでとは打って変わって上機嫌になる。

しかし、鼻歌を歌い出したエトロンは、そのキラの言葉の真意に気づいていなかった。


常人に思いつかないと言うのは褒め言葉ではなく、とんでもないお転婆で、抜けていることを表していたと言うことに。


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