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三十七話 バニラビーンズは恋わずらいの薫り

「ノゾミだけを苦しめるわけにはいかないわ」


 いつまでも、ゾーイの側から離れられないあたしを見て、ヒトミ様とばあやさんがアイスクリームを作ってくれた。


 シンプルなバニラの落ち着く味。


 口の中でほわっとほどけるあまい薫りに、こころが少しずつ落ち着いてくる。


「ねぇ、ノゾミ。見えるものだけが真実ではないかもしれないってことを覚えておいて?」


 覚えるって……。


 だって、いくら前魔王に肉体を操られていたとはいえ、ゾーイがカレンさんとあたしよりもはげしい口づけをかわしたのはたしかなことだし。


 なんなら、それ以上のこともあったのかもしれない。


 ゾーイは昔からモテていたし、あたしのことを好きだとはっきり言ってくれたのはどさくさのあの時だけだったりするし。


 なのに、真実がどこにあるのかが見えない。


 ぼんやりとした頭の中に、バニラビーンズの薫りがくすぶっていく。


 冷たさで頭が冷えることはなかった。


 ディール様にいたっては、カレンさんを利用された挙句、その肉体を前魔王に奪われそうになっていたわけだし。


 なのに、気丈に振る舞っているのが不自然なくらいに感じるよ。


 どうしたんだろう、あたし。


 ゾーイに会わない日なんて、ちょっと前ならいくらでもあったのに。


 それなのに今は、ゾーイに目を覚ましてもらいたくてたまらないんだ。


 それで、カレンさんとしたことのすべてを白状してもらいたい。


 すぐにでも挙式をあげたいくらいなのに。


 こころと体がばらばらになりそうなほど、考えがまとまらない。


 研究室のモニターを観ているだけで、なんだかとても遠い世界の実験をしているように感じる。


 ギュルディーノ様たちは、なんとか鉱石と金色のスライムを生きたまま連れてこさせようとしているけれど、難しいんですって。


 あの金色のスライムでなければ、水脈を浄化できないのなら、その作用を利用して、疫病を治せると言ってもらえたけど。


 それがまだまだ先のことになりそうでこわい。


 魔王城でひとりぼっちな気分を味わうなんて。


 こんなにこころ細い気持ちを味わったのは、ゾーイのお爺さんを亡くして以来だ。


 そのどっちもゾーイが関わっているし、ここにゾーイがいても、話しかけても返事はない。


「ノゾミ様。お菓子だけでなく、お粥も食べてくださいよ。栄養満点なんですから、ね?」

「ごめんなさい、ばあやさん。今はあまり食べたくないのです」


 だから今は、どうしてばあやさんがずっと少年の姿のままなのか、どうして本来の姿を隠していたのかすら疑問に思うことすらなくて。


 思考がすべて、脳裏を上滑りしてゆく。


「ノゾミ様、それは重症な恋わずらいですね」


 え?


 これが、恋わずらい?


 どうしてそんなこと、ばあやさんにわかるの?


「実はわたくし、前魔王に呪いの呪文をかけられたままなんですよ。だから、年を取れない。見た目はこんなですけど、恋ぐらいならしたことがありますからね」

「恋、かぁ」

 

 あたしは知らず、ため息を吐く。


 バニラビーンズの薫りのため息。


 そうだ、ご飯を食べなくちゃ。


 お菓子だけでは生きていられないものね。


 つづく

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