三十二話 水脈
養鶏場のくっさいお嬢様でわるかったですねっ。
そんな悪口、子供の頃から散々あびてますから今さら打撃はない。
だけど、カレンさんのことを本気で嫌いになりつつあるのはまた困ったことになる。
なにせ、怒りに任せてディール様との婚約は偽装、とまで喋ってしまったのだ。
げに恐ろしきは女の知恵。
だってそこまであたしを追いつめたのだから。
「わたくしを嫌ってもかまいませんのよ? だけどぉ~」
ふふん、と鼻で笑いながら、カレンさんがいやらしい目つきであたしを見下ろす。
「ゾーイの虫歯を治癒させたのは、あたしのおかげよ? あたしがいなければ、ヒトミ奥様を凍結することすらできませんしぃ? なんなら今すぐ殺すことだってできるのですよ?」
……おい。なんでそんなに性格がわるいんだよぅ!!
もうなんか、食傷気味。
「ま~あ。殺すとなれば、すべてはノゾミ様に罪をなすりつけますけど、ねぇ?」
「あのっ! さっきからごちゃごちゃ、ネチネチしつこすぎやしませんか? あたしが嫌いなら、ここから追い出せばいいじゃありませんか!?」
そうはいかないのよ、とカレンさんはほほと笑う。
魔性の女とは、この人のようなことを言うのだろうな、とようやくさとる。
「だって、あなたを追い出したら、ゾーイもきっと出て行くでしょうし? なによりディール様がまたあなたのところに入り浸ることになる。そんなの、ごめんだわ」
はいはい。本性はそこまでですか?
そこまではギリで我慢できたとしても、なにゆえにギュルディーノ様にまで色目を使うのか、それすらもわからないのよ。
「だから、わたくしの目の届く範囲で苦しんでもらわなくちゃ、ね?」
え?
苦しむって……?
頭の中に、嫌な考えが浮かび上がって、あわてて打ち消す。
そんなはずない。
いくらカレンさんでも、水脈に毒を流し込むようなマネはしないだろう。
そうであって欲しい。
そうでなければ、あまりにもむなしすぎる。
それにいったい、なんのために?
「わたくし、子供の頃から特別な存在として重宝されてきましたの。ノゾミ様のように、鶏糞にまみれて育ったわけではありませんのよ?」
わたくしの治癒能力は、幼い頃からズバ抜けておりましたの、と自慢話が唐突に始まった。
長話にならなきゃいいけど。
「だから、前王の頃から、わたくしは寵愛を受けておりましたのよ? ほら、よく言う二重スパイ? そんな感じですの」
「そんな。それじゃああなたが、みなさまに毒を盛ってきたということですか!?」
う~ん? 少しちがうわね、とカレンさんは意地悪くほほ笑んだ。
嫌だな、この人。人間離れしてきてるみたいに感じる。
「毒を水脈に直接送るようにしたのは前王。わたくしはその水脈が枯れないように手配されただけ」
……この人、やっぱり苦手だ。
つづく




