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二十五話 レモンケーキは恋の鞘当て

 ゾーイとカレンさんへあてつけのつもりで偽装恋人を演じることになったあたしとディール様。


 偽装の部分は差し引いて、さっそくばあやさんにバレてしまったものだから、魔王城内は大騒ぎに発展してしまった。


 なにしろ、相手は養鶏場の娘。


 理由はどうあれ、あたしが作った落雁を食べて命を失ったという殺人犯的ポジションでもあるこのあたしと恋人になったのだから、またなにか毒を盛られるのではないか、と冷やかし半分で騒ぎになったのだ。


 その過去を引き合いに出されてしまうと、瞬間的に萎縮してしまうのがあたしのわるいところなんだ。わかっているけど、つらいんだ。


 たとえ、からかわれているとわかっても。


 だから、ディール様のリクエストでレモンケーキを作ったものの、食べに来てくれる人はいつもより少なく感じた。


「うん。なかなかの美味だね。ボクはこの味もノゾミのことも好きだよ」


 ひゃあ~!!  


 なんていう女性たちの悲鳴が調理室にこだまする。


 ここに好んで集まってくるのは、決まってディール様に好意を抱いているか、本当にお菓子が好きな人かのどちらかだから。


 そうして、おもむろにディール様の端正なお顔が近づいてくる。


「みながなにをどう思うかは知らないけど」


 ディール様は、緑色の瞳を細めて蠱惑的に笑う。


「あれはただの事故だったんだし、直接的な死とは関係なかったのだろう?」


 それに、と軽やかにディール様はつづける。


「こんなにおいしい菓子を作る娘さんが、意地悪なわけがないじゃないか。そうだろう?」


 にやり。笑ったと思ったら。


 ディール様のお顔が近すぎるくらいにあった。


 そして、顎をつかまれた状態でくちづけをされたのだ。


「キャ~!! ちょっとっ!!」


 悲鳴をあげたのはあたしではない。


 唇に軽くふれただけのやさしいくちづけだったけど、あたしは驚きすぎて目を開けたままかたまってしまった。


 ……悲鳴をあげるタイミングをのがしてしまった。


 そう後悔するほどのご褒美に、脳内再生すること数回。


「ふしゅ~」


 ついに頭に血がのぼってふらついてしまった。


「おっと。未来の奥様になにかあったら大変だ。今日の試食会はこれでおわりにしようか? ねぇ、ノゾミ」


 あ、あのっ。ディール様? 


 あなた様は、ついうっかりあたしが好きになってもいいお相手ではないのですけども?


 なのに、胸の鼓動が速すぎて、目が回ってくる。


 だめだ。


 動悸息切れめまい発動。


 いやはや、たしかにそのタイミングでくちづけとかの話はしてましたけど、ディール様って、有言実行なのですか?


 あたしはしばらく、頭がくらくらしていた。


 だから、気がつかないでいた。


 調理室のドアを開け放したまま、ディール様を睨みつけていたゾーイの存在に。


 そして、そんなゾーイの腕にいやらしく胸を押しつけて腕組みをしているカレンさんの、滅多に見ることのできない怒りの形相に。


 まさかここから、どんどんと巻き込まれてゆくなんて、この時のあたしは気づくことすらできない愚か者だった。


 つづく

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