十八話 イカにもタコにも夢がある
「あれ? 辛くないんですか?」
色味だけでも辛そうだし、薫りだけでも辛そうだし、なによりなんでも食べるゾーイが嫌がって口に入れることすらしない、香辛料がたっぷり使ったラムネ風のお菓子。
もちろん、あたしが試食したことすらない。
せいぜい怖いもの知らずの青年たちが、罰ゲーム用として使う程度のポジションにある。
だけど、ギュルディーノ様はその辛さも薫りすら感じていないのだろうか?
昨日ゾーイが言っていたけど、ギュルディーノ様は本当の意味で、こころから笑っていないのかもしれない。
「あの、ギュルディーノ様」
なんだ? とでも言いたそうに振り向いたギュルディーノ様の、深い緑色の瞳があたしを捕らえて離さない。
まるで、嘘なんてひとつも見逃さない、とでも言いたそうに潔癖な態度の中に、ヒトミ様への愛がうかがい知れた。
「あたし、ヒトミ様をはじめとして、凍結された方々の嗅覚を呼びさませるようなお菓子を作っていきたいんです。かまいませんか!?」
ギュルディーノ様は、虚をつかれたように動かなくなってしまわれた。
いつの日か。
この方の笑顔も呼びさませることができたらいいな。
お菓子は人を笑顔にできる。だから、あたしはあたしにあたえられた役割を果たすだけっ。
「落雁って、知っていますか?」
落雁? と、ギュルディーノ様が不審そうに首を傾げられた。
「なんていうか、独特の食感で、お茶とよく合うんです。でも……」
そう。ゾーイのお爺さんは、あたしが作った落雁を試食して死んでしまった。
落雁が直接の原因でないにしても、それでも今もあたしの胸は、そのことだけで苦しみで張り裂けそうになる。
ギュルディーノ様も、そのことを思い出してくれたのだろう。
「あまり、気張らなくてもよい。ただ、ヒトミは本当にそなたの菓子を気に入っていた。それだけが真実だ」
「今は、そのお言葉だけで十分です。けどいつか、みなさんが頑張れる理由になれたらいいなって、本当にそう思ってるんです」
ゾーイは隣であたしの頭をくしゃくしゃとなでた。もう、小さい子供あつかいしてっ。
いつからか。ゾーイがあたしよりずっと年上に見えるようになっていた。
いつからか。お菓子づくりがマンネリ化しているような気がして苦しくなったりもしていた。
それこそ、息苦しくなるほどに。
だけど今はちがうんだ。
もっとたくさんのお菓子を作りたい。
現実的じゃないにしても。
不思議なお菓子になるとしても。
そう、遠いニホンの文明の中では、イカやタコをプレスして油でフライしたお菓子があったと聞いたことがある。
それってあまり想像できないけど、考えただけでわくわくしてくるんだ。
お菓子ってすごいから。
いつか、ギュルディーノ様にもきちんとしたお菓子を食べてもらいたいな。
それにはもっともっと、たくさん作って、愛情込めて作らなくちゃね。
「気張りますよ。だって、そのために魔王城まで来たんですから」
「ふっ。それは頼もしいな」
それはほんの、口先だけの微笑だったけれど。
ギュルディーノ様からいただいたお言葉が胸の奥で反芻している。
頼もしく感じてもらえたらうれしい。
これからも、もっとたくさん腕を磨くぞっ。
つづく




