十七話 シリアスは香辛料のように
ひとまずばあやさんはここに残ることになった。まだまだ洗い物がたくさんあるけれど、食器洗濯乾燥機を装備しているのでお気遣いなく、とあっけなく返されてしまった。
それなら、よかった。
と、いうわけで。
魔王城の現時点での王様でもあるギュルディーノ様に守護魔法をかけられた状態で、調理室から三人でワープする。
うわっ。ワープなんてはじめてだから、目がくらくらするよ。
わずかに足元がぐららついたところを、目ざとくギュルディーノ様に支えられる。
「大事ないか?」
「はい。ありがとうございます。……ここは?」
守護魔法が解かれると、とても暗くて寒い場所にいることに気がついた。
さながらここは、霊安室のようにも見える。
それに、とても不気味な雰囲気を醸し出している。
「ここは、前魔王の魔法により、水から謎の疫病に感染したステージ・ファイブの患者を凍結させるための、冷凍保存室になっている」
冷凍保存?
え? その疫病って、そんなに深刻な状態なの?
「こちらが我が妻。ヒトミだ」
ギュルディーノ様は、〇〇一と書かれたボタンを慣れた手つきで押した。
すると、真横から凍結されたままの美しい女性が現れた。まるで、ついさっき眠りについたかのように、穏やかな顔をしている。
「このお方が、ヒトミ様なのですね。ヒトミ様がいなければ、あたし、お菓子を作ることすら諦めていたかもしれないのです。だから、恩人なんです」
「なんとか、治る方法はないものなんですかいねぇ?」
ゾーイも苦しそうな表情を浮かべたまま、どうにもならないと承知したうえで、そう聞くしかなかった。
「疫病というよりは、前王の呪いなのだよ。だから、死ぬ直前に凍結魔法をかけておくしかないのだ。そうしなければ、助からない」
「でも、あたしだってこれまでずっと、井戸水を飲んだり、食事に使ったりしてきました。それなのに、病気にかかる人と、かからない人がいるって、どういうことなのですか?」
「それもまだ、研究の途中なのだよ」
理不尽。そういうことなんだね。
目からは自然と涙が溢れてくる。ギュルディーノ様はおそらく毎日のようにここに来て、ヒトミ様を救うために研究をつづけているんだ。
そう思うと、せつなくてたまらなくなる。
そりゃ毎日こんなに悲しそうなお顔になるはずだよ。
「……あたし、お菓子たくさん作りますね」
それは、誰にともなく声に出ていた決意の言葉で。
「ヒトミ様だけじゃなく、ほかの人たちのためにも、もっとたくさんのお菓子を作って。そうしてもしかしたら、お菓子の薫りで目が覚めてくれるかもしれないから。だから――」
「優しいのだな、そなたは。こころから礼を言う、ノゾミ」
「そんな、お礼だなんて。それに、なまじ起こしてしまったら、また病が進んでしまうかもしれませんし、あたし、不謹慎なことを言ってしまいました」
わたわたとあわてるあたしの頭をゾーイが優しくくしゃりとなでた。
「ね? こいつ、居るだけで気持ちが救われるでしょう?」
ふっ、と。かすかにギュルディーノ様の口角があがったように見えた。
「ああ。その通りだな。それから、今日巨大スライムを作り出してしまったのは、なにを隠そうこの我だ。が、部下の一人が罪をかぶってくれた。ゾーイにもノゾミにも、城の皆にも迷惑をかけてしまって、本当にすまない」
ああ、そっか。あやまり方も少しだけ不器用な方なんだ。
それなら、コレが効くかも?
「よかったらコレ、差し上げます」
それは、ばあやさんに没収されることもなく、存在感さえ失っていた小さなラムネ状のお菓子。香辛料たっぷりだから、眠い時にピッタリなんだ。
それをさっそく口に運ぶと、ギュルディーノ様は、ははは、と力なく口先だけで笑っただけだった。
つづく




