十三話 緊急事態のなれの果て
年増の料理長さんは、どう見ても物語の中で言うところのばあや的存在。
だけどその、飄々とした態度の中に、意地の悪さと不気味さが渦巻いている。
この人は、きっとあたしのことを嫌いなんだ。
だけど、今はそんなことは関係ない。
だってさ。緊急事態ってなんなのか教えてもらえなくちゃ、お菓子なんて作れないよっ!
「ノゾミ様はなにゆえに緊急事態について知りたいのですか? もしかしてあなた……」
ん? なにか、引っかかる言い方をしたのかしら?
「スライムはお好きなのですか?」
「……は? スライムって、あのスライムですか? 攻撃力はたいして強くないのに、火炎放射器みたいなものでないと全滅できないような、あのブニプニした物体のこと?」
「そう。あのスライムです」
……あいつかぁ。あたしもあんまり好きじゃないんだよな。
けど、一度くらいなら食べてみたいかもしれない。
「そのスライムが、どうかしたのですか?」
「城内で大繁殖しまして」
「……大繁殖。はぁ、それはまた、どうして?」
あのでございますがねぇ、と言って、ばあやさんと仮名することにした料理長さんが手招きするから近づいてみる。
「ほら、謎の流行り病のことはお聞きになりましたよね? 極秘事項ですが」
「はい」
「そのことと、水が関係しているものですから、つい、ある魔法使いが水を固形に固めてしまいましたの。そうしたらなんと、巨大なスライムが発生してしまったのでございますよっ!! わたくし、あのぶよぶよした物体が大っきらいでございましてね。ですから、ここに避難したようなものなのでございますが」
ああ、それだったらきっと。
ゾーイに任せておけば大丈夫な気がする。だって彼、スライムの討伐隊長ですら経験あるし。
大きいと言っても、スライムはスライム。火に弱いだろうし。ゾーイの火炎魔法でえいやとやっつけちゃうだろうな。
「なんとかなるといいですね」
なんて、気楽に構えていたものだから、扉が乱暴に開かれる音に驚いた。
「ノゾミー。オレ、いきなりだけどあんた専属の従者に決まったから、よろしくな」
「ゾーイ? どうしてここに?」
ボクが案内したんだよ、とディール様がほんのりお疲れの様子で現れた。
「おやまぁ、ディール様じゃございませんかっ!? スライムはどうなさったのです?」
ばあやさんはディール様に気さくに話しかけた。そうして、あなたは誰なの? とばかりにゾーイに嫌そうな目を向けた。
なるほど、ばあやさんは、初対面の人にいきなりこころを開かないタイプなだけで、本気で嫌いなわけではないんだ。
「こちらは本日付で衛兵になる予定だったゾーイ。スライムは彼が一瞬で燃やしてしまったんだ」
やっぱりか。
「さらに驚くべきことに、燃え尽きたはずのスライムがわずかばかり残っていてね。すでにスライムではないのだが、食べられることが判明したんだ。そこで、もしよければノゾミに調理してもらおうかと思った。ついでだから、彼をノゾミ専属の従者にした。これでノゾミもさみしくないだろ?」
スライム……。食えるのか?
けど。
みんながみんな、目を背けるようにしている中で、ただ一人、ゾーイだけが、巾着袋の中から取り出したのは、真っ黒だけどサラサラとしたお粉。
「これ、なんだか片栗粉に似ているような気がしたんだけど、なにかに使えないかと思ってさ」
「でかした、ゾーイ!」
あたしはバシバシとゾーイの肩を叩いた。
これなら、葛のようなお菓子が作れるかもしれないぞっ!!
つづく




