そのニ
鬼将軍は手をポンポンと打った。
「リムジーンを用意したまえ!」
リムジーンとは何か?
その疑問が解決するより早く、鬼将軍は部屋を出ようとする。
美人秘書の御剣かなめが、招いてくれた。
私は嘘くさい真っ白なスーツの背中を追う。
彼は壁に拵えられた小部屋に入る。
略)
この世界の文明にいちいち驚愕しながら、件のラーメン店三日月に到着する。
私は一軒家のような店構えを想像していたのだが、四角い巨大な建物に食い込むようなスタイルの店舗だった。
鬼将軍は平然としていたが、私の鼻はこれまで経験したことの無い、食材であろう薫りを捕らえていた。
濃厚である。
薫りの密度が、私の経験の中にないほど、凝縮されたものであった。
私は料理はしない。
しかし兵站を考慮する者として、知識では知っている。
これは……火力からして違う!
いや、私たちよりもはるかに文明の進んでいる世界だ。
なにもかも違うというのが正しいのだが、ピンポイントに私は火というものに目をつけた。
人類の食文化の始まりは火であると、私も聞き及んでいる。
そしてこの世界では、食のために火を、私たちの想像すらおよばぬくらいに極めていた!
それが店舗先であっても伺い知ることができる。
つまり私の食欲は、乏しい知識だけで極限まで高められてしまった。
どのような味を試してくれるのか?
ナンブ・リュウゾウや剣士戦士にくらべれば、私は恥ずかしいほどに食が細い。
しかしこの店は、立ち入るよりも早く私の食欲をビッシビシと刺激してくれる。
店舗の前には、すでに人が並んでいた。
まだ開店前だというのにだ。
それだけ評判の店なのだろう。
そして暖簾が上がり、私たちは店内に招かれた。
「いらっしゃいませーーっ!」
厨房から声がかかる。
そして席についた順番に注文をとってゆく。
さらには、無料の水サービス。
それもとても冷えていて上質の透明感!
飲料水に感動していると、私たちのところに注文取りが来て、鬼将軍が勝手に答えてしまった。
「塩、大盛りをふたつ。……かなめ君はどうするかね?」
「同じものを……」
「では塩の大盛りを三つ」
どうやらラーメンにはいくつか味わい方があるようだ。
品書きを見ると、醤油、味噌がある。
さらには謎の献立、つけ麺などがある。
しかし私は冒険という愚行は冒さない。
鬼将軍の注文した通りに従う。
それこそが正しいラーメンの味わい方だと信じるからだ。
というか、これだけお膳立てした鬼将軍が、その意志に従わぬことは許さぬだろう。
私たちよりも先に並んでいた客に、「ラーメン」が運ばれていた。
それを眺めながら、鼻をヒクつかせながら、ラーメンの事前情報を仕入れる。
しかしいざ! 目の前にラーメンが出てくると情報だのへったくれだの、そんなことはどうでも良くなっていた。
旨味をともなった濃厚な薫り。白濁して重たそうなソップの中に細めストレートにほど近い麺がたゆたっている。
「会長、これを食する作法は如何に」
あまりにも上等な仕事がなされた食材に、思わず問いかける。
「うむ、さらばつまむ麺は六本前後。それを啜らば、噛むことなく飲み下したまえ」
その程度ならば、ワイマールの常識だ。
というか、クチャ男という文化は異民族の文化である。
そしてそのような作法はワイマールでも下の下以下の作法とされている。
そして私は箸を執る!
鬼将軍も御剣かなめも箸を執った。
ゾロゾロゾロ〜〜っ!
ものすごい勢いで鬼将軍は麺をすすった!
濃厚なソップだが、麺がストレートに近いので、あまりクドくはない。
というか、塩ラーメンであるので、ソップの甘さが塩味の加減でググッとひきたてられた。
というか、私がナンブ・リュウゾウにともなわれて、数々の貧乏屋台をくぐってきたからこそ、’真実の味わいがわかるのだ。
甘いは旨い。
しかもくどくない。
濃厚な脂味なのにだ。
ゾロッ! ゾロッ! ゾロゾロゾロ~~ッ!
こうなるともう空気も御馳走である。
口の中にほどよくすすられた空気が、しっとりと味わいに深みをもたせてくれるのである。
どんぶりを持ち上げてスープに挑む。塩ラーメンというのは塩の加減で脂の甘味を引き出すという、逆技による芸術だということがよくわかった。
完食! ……ではない、スープの底にはトロりとしたチャーシューが沈んでいる。
プルプルトロトロという、私の世界には存在しない肉を舌の力だけで砕いて、というか舌触りだけで美味と言える肉だ。
世界は広い。
この世には、永久に食べ終わりたくない味というものが存在する。
今日の「塩ラーメン」がそうであった。
どうして塩ラーメンは食べ終わってしまうのだろう……永遠にこの味を味わい続けたいというのに……未練と無常を噛み締めながら、私は箸を置いた。




