軍師ヤハラ 現代へ来て旨いものをいただく!
ここは……どこだ?
目に痛いほど白く塗られた壁、そして数字酔いしてしまいそうなほどの直線と直角でできた建築物。
そうだ、ここが屋内だということは、私にも理解できる。恐らくは通路であろう。
あまりにも透明すぎるガラスがはめられた窓がある。
その窓もまた、無機質な直線と直角にかたどられていた。
私はヤハラ。
ワイマール王国第三軍の、影の軍師だ。
そしてナンブ男爵領地では、会計などを担当している算盤屋でもある。
だから無機質な直線と直角は、熟練工の手による人間的なぬくもりを感じさせる建築物よりもよほど好みなのではあるのだが、しかし。
この建築物は慣れない者には、数字酔いをするか発狂するかのどちらかでしかない。
背後で人の気配がした。
振り向くと美女がいた。
黒髪である。
黒いスーツ姿であった。
そして腰の丸みを丁寧に模写するような短いスカート。
そして私の世界では滅多にお目にかかれないほどの美しい脚を、褐色の薄絹で飾っている美女中の美女であった。
しかし私は盟友ナンブ・リュウゾウのように、即座に鼻の下を六尺も伸ばしたりはしない。
美女には罠が付き物だからだ。
彼女は私にうやうやしく頭を垂れる。
「お忙しいなかお呼び出ししまして申し訳ありません。私は総合商社ミチノックコーポレーション会長秘書、御剣かなめと申します」
隙が無い、この女。
少し悪ぶった言い方をすれば、やっぱ美人って奴ぁヤベぇぜ。と言ったところだ。
「どうぞこちらへ、私どもの主がお待ちかねです」
御剣かなめと名乗った美女は木製の重々しいドアを押し開けた。
するとその部屋は、数字屋の私には少々苦手な装飾が施されていた。
無機質な部屋であろうに、年代物の書棚が広い壁一杯に設置されている。
そこに並べられた本はカビ臭そうな古書ばかりであった。
そして高級木材で梁などに彫刻が入れられて、これまた燻したかのように年季を感じさせてくれる。
そして男がかまえている事務机もまた、私の世界の高級木材マホガニーで拵えたかのような、重厚な机であり積み上げられた書籍もボロボロに読み古されたものである。
あまりにも開け透けに、この部屋の主がどのような人物であるかを物語っているような、人間臭さの充満した部屋なのだ。
男は机の上に乗せられた、セピア色の球体……地球儀とかいうものらしい……をひとつ回す。
どことなく芝居がかった仕草である。
「初めてお目にかかる、軍師ヤハラどの。私は世界に挑む商人集団、ミチノック総裁鬼将軍である!」
……知っている。
私はこの男を知っている。
なぜならワイマール王国にも、みちのく屋という商人結社の総裁がいて、着ているものこそ違えどもまったく同じ顔をしているからだ。
「この度キミを呼び出したのは他でもない」
「ま、待ってください総裁」
私は彼を総裁と呼称した。
それだけの迫力がこの男にはあったからだ。
「ここが私の住む世界とはまったく違う異世界だということは理解できます。しかし異世界の人間をそう簡単に呼び出すことなどできるのでしょうか?」
「……かなめ君」
鬼将軍は美人秘書を呼んだ。
御剣かなめは私に一言で説明する。
「……秘書に不可能はありません」
「なにしろかなめ君は忍者だからな」
そんな説明でいいのかよ!
すくなくとも私は納得しかねるぞ!
「新堂流忍法極意来るる彼りるの術です」
テキトーなこと言ってんじゃねぇよ!
具体的な説明しろってんだ!
「それは、極意ですから」
結局どのようにして私をこの世界に呼び出したかについての説明は、これでおしまい。
すぐに「何故」私が呼び出されたかの説明が始まる。
「実入りの少ない軍師どのが奮戦しているのを知ってしまったのでね、この私がこちらの世界の美食珍味をご馳走してねぎらおうという企画なのだよ」
「で、総裁。貴方にメリットは?」
「数理の世界の人間が感覚の世界へと堕落してゆくさまを拝んで楽しむことができる」
「悪趣味ですな」
「そうかね? 私の見立てではヤハラどの。君はまだまだ住む世界が狭いように感じるのだが?」
それは確かに、薄々私も感じていた。
ナンブ・リュウゾウ、クサナギ・シロウ。
私の周りにいる「感覚だけで生きてんじゃねーぞ、コンチキショウ!」な連中に、押され気味なのは実感していた。
「変わるでしょうか? 私の世界が……」
「変わるか? ではない! 変えるのだよ!」
私の背中を推す言葉であった。
「同志ヤハラよ、ついてきたまえ! この私が君に感覚の世界を見せてくれよう!」
「は! 仰せのままに!」
「この世界を代表するグルメ、まずは極意にして奥義! ラーメンを食すのだ!」
「ラーメン……? 総裁、それはいかなる食べ物でしょうか?」
「ウム、良い質問である! ラーメン……それは濃厚で油っこいそばとでもしておくか」
「なるほど、麺類ですか」
「しかしあなどるなかれ! ラーメンは蕎麦粉を使用せず、小麦粉のみで練られているのだ!」
「麺類の中でもパスタの部類ですな?」
「しかもこのラーメン、日本全国どこででも愛され、地域特有の工夫を凝らしご当地ラーメンなるものまで存在するという国民食なのだ!」
「それはすごい、まさに国民食ですな」
「本日はその大関とさせていただいている、三日月というラーメン店にお邪魔する!」
「以下、次回!」




