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寿さんの雑記帳  作者: 寿
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ふらりと河岸を変えて飲みに出たら会社内のヒエラルキーが上がってしまった件について4

他人の金で食う焼き肉は美味いかと訊かれたら、今夜の川原は「最高でーす!」と答えるだろう。

他人の金で飲む酒は美味いかと訊かれたら、今夜の川原は「最高でーす!」と答えるだろう。

まずは鈴木とともに、「眺めるだけで入ったことのない」ような焼肉店に入店だ。


そして出てくる肉は刺し入りまくり。

それこそ写真やモニターでしか見たことのない、高級焼き肉である。

三十路手前、いわゆるアラサー。


脂っこいものがそろそろ効いてくるような年齢だが、高級焼き肉の前ではそんなことも忘れてしまう。

いや、口の中胃袋の中の脂っこさなどビールで洗い流すものである。

久し振りに本物のビールである。


発泡酒や第三のビールなどではない。

麦の香りほのかに香る、まったくのビールである。

これを川原は喉を鳴らして飲んだ。


夏の夕暮れ、まだ暑さが去らぬどころか焼き肉を炙る熱気に満ちた店内では、冷えたビールはさらに旨い。

そして口の中の脂っこさが、またビールをさらに旨くする。

グビと一口、グビグビと二口三口。

その間に肉が焼ける。


まずは塩。

肉の脂の甘みを引き立ててくれる塩。

それに飽きたら

店が出してくれた秘伝のタレでいただく。


これがまた旨い。

そしてまたビールだ。

たらふく食ってたらふく飲んで。


しかし夜はまだこれからである。

腹がふくれて力がついたら、さらに酒。

そしてお姉ちゃんである。


なるほど、話にはきいていたものの、一度も入ったことの無いこれまた綺麗どころの集まった高級店である。

きらびやかな夜の蝶が飛び交う、高級キャバレーである。

お触りオーケイな安っぽい店とは違う、


まるで格が違うような気のする、そんな女たちであった。

そこで鈴木は気を効かせてくれたつもりか、川原が武術の達人だと紹介してくれた。

それだけでお姉ちゃんたちは寄ってたかってくれる。


お触り禁止な女たちなはずなのに、「あら太い腕」とか「背中の筋肉が盛り上がってるわ」などと気安くボディタッチしてきた。

その度に大袈裟な声をあげる。


すると席の端の方でポツリと一人腰掛けている女がいた。

聞けば「雫」という女らしい。

近頃ストーカーにつきまとわれて困っているという。


「川原さん、相談に乗ってあげてくれないかしら?」


答える前に、雫がとなりに座らされた。

雫と申しますという声も奥ゆかしく、どこか不幸の似合う女であった。


「なにやらストーカー被害に遭われているとか、具体的にはどのように?」


「アパートに帰ると、同時にスマホが鳴って、おかえりとかお仕事お疲れさまとか……監視されてるみたいなんです」


「他には?」


「アパートのドアの前に、まだ温かい肉ジャガのタッパーが……」


「ふむふむ」


「捨ててしまおうと開けてみたら、肉ジャガの中に髪の毛がたくさん……」


「そりゃあ気が滅入るよね……」


「私、付き合っている人もいないし、誰にも相談できなくって」


「川原、それじゃあお前が彼氏役をやってやれよ」


鈴木が勝手なことを言い出した。

それでストーカーの怒りを引き受けてやれ、とも言い出す。


「それじゃ俺に危険が及ぶだろ?」


「そこは高校時代のトンガリっぷりを思い出して」


「勝手なことを言うな」


「だけどこのままじゃ彼女に身の危険が及ぶだろ?」


どっちがいいんだ、などと詰め寄ってくる。

雫は雫で、お礼はいたしますからと見上げてくる。

営業課長の娘を助けたことによる謝礼というのに、いらぬことに巻き込まれてしまった。


なし崩しに、川原は彼氏役を引き受けることになってしまった。

店側としては、お礼ということでオールでも代金変わらずとしてくれた。

が、こういう場合無料になるのではないか? と思ってしまった。


それから川原はアルコールを控えて、頭を冴えさせるために水ばかりのんだ。

オールまで遊べるといっても、これでは面白くない。

しかしストーカーが刃物を隠し持っている可能性もある。


死ぬよりはマシだということで酔いを醒ました。

鈴木は川原の事情などお構いなし、ベロンベロンになるまで飲みくさっていた。

閉店の時間になる。


今日は土曜日なので朝帰りでもかまわない。

川原は雫とともに店を出る。

夏の朝日はすでに昇っていた。

酔い潰れた鈴木はタクシーで帰宅である。


雫は腕をからめてきた。

川原の肘が胸の膨らみに当たる。

悪くない感触だった。


しかし雫の企みは、監視しているかもしれないストーカーに、川原を見せつけることにあるらしかった。

それ以上を報酬として支払う雰囲気は無い。

だがそれはアパートに入るまで。


玄関のドアが閉まるや、熱烈な口づけで襲いかかってきた。

これ以上もオーケイらしい。

川原はキスに応え雫を抱き上げ、窓辺へと運んだ。


すると雫のスマホが鳴る。

ストーカーという文字がモニター画面にうつしだされた。

川原の思惑通りである。


つまりストーカーは、窓の方角から監視しているということになる。

雫は青ざめていたが、スマホには川原が出た。


「なんだよお前……僕の雫ちゃんに手を出すなよ……」


雫、と呼んでいるところから、店の客として来店しているということだ。


「悪いね、彼女は俺のものだ。口惜しかったらここに来るがいい」


「なんだよお前……なんなんだよお前……」


そう言って、電話は切れた。

俺に憎しみが向けばいいけど、と川原は考える。

こうしたケースでいただけないのは、憎しみが女性に向くことである。


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