表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寿さんの雑記帳  作者: 寿
71/133

ふらりと河岸を変えて飲みに出たら会社内のヒエラルキーが上がってしまった件について最終章

相手はストーカー。

川原としては自分とのラブシーンを見たストーカーの憎悪が、被害者雫ではなく自分に向くようにと願うばかりであった。

間違いなく言えることはストーカーが今逆上していて、殺意を胸に抱いているであろう、ということであった。


ぜひそのまま決定的な決断をくだして欲しいものだと川原は願う。

しかし、ストーカーはこの雫の部屋を見張っている。

ならば自分が部屋を離れたふりをすれば、ストーカーは雫を襲いにくるのではないだろうか?


川原はそこに賭けることにした。

しかし雫があっさりと殺される事態は避けなければならない。

川原が台所に目をやると、ロングサイズのライターがあった。


天井を見る。

火災用の熱探知機がついていた。


「いいかい、雫さん。俺は一旦この部屋を出る。それを監視しているストーカーは、きっとこの部屋にくる」


雫はイヤイヤをした。

しかしこのまま川原が一生彼女の護衛をする訳にはいかない。


「おそらくストーカーは合鍵を持っているはずだ。勝手に玄関から入ってくる。そうしたらそのライターで火災探知機をあぶるんだ。俺は必ず君を助けに来る」


できればストーカーの姿をスマホで動画撮影して欲しい、ともつけくわえた。

怯える雫を置き去りに、アパートを出る。少し離れた場所から、雫の部屋を監視した。

案の定、不気味なほど色白な痩せた男が現れた。


朝から暑い夏の日に、薄手の上着を着ている。

……刃物を持っているな?

川原はポケットから名刺を一枚抜き出した。


刃物に対抗する川原の武器だ。

男は迷うことなくアパートの階段を登る。

思い詰めたかのように、目つきが異常だった。


そして雫の部屋の前に立った。

川原は物陰から音も無く飛び出す。

足音を立てぬよう、階段を駆け上がった。


階段を上り切ると、音と目が合った。

あっというような驚きの表情である。

右手は挿し込まれた合鍵にかかっていた。


「いけませんなぁ、ストーカーくん。無断で他人に部屋に入り込んじゃ……」


「お、お前……」


もがくようにして、懐から包丁を抜き出した。


「おーおー抜いたね? で? それをどうするの?」


ストーカーは雫の部屋に飛び込んだ。

川原も後を追う。

扉を閉められぬよう、足を扉の間に突っ込んだ。

扉を閉めることを諦めたストーカーは、部屋の奥へと転身した。


その瞬間に川原も飛び込む。

部屋の中では椅子の上に立った雫が、探知機にむかってライターの火をかざしていた。

途端に鳴り響く警報。


ストーカーは驚いたように足を止める。

そして正常な判断能力を失くしているのか、川原に向き直った。

川原は名刺を打った。


名刺手裏剣である。

手裏剣と称しているが、殺傷目的ではない。

目をねらっているのだ。


名刺は回転しながら飛んで、ストーカーの眉間に命中した。

おそらくその目には、糸ほどにも見えなかったに違いない。

そして目をねらわれた者は、身をすくめるものだ。


川原のつま先が鋭くストーカーの股間を蹴った。

目潰しに金蹴り。

卑怯といえば卑怯な技である。


しかし川原からすれば、関節を折る訳でなく命を奪うことが目的ではない。

最小限のダメージで戦闘能力を奪う、極めて平和的な技であった。

ストーカーは昏倒する。


川原はそのベルトを抜いて、後ろ手に戒める。

雫は無事であった。

そして手柄なことに、一部始終をスマホで動画撮影してくれていた。


「もう大丈夫だよ、雫さん。アクション映画はおしまいだ」


スマホを受け取ると、消防署へ通報。

この警報は誤報であることを伝えた。

そのままストーカー事件と負傷者がいることを告げる。


これで消防署から警察に連絡が行くはずだ。

パトカーのサイレンが聞こえてきた。

警察官が乗り込んでくるまで、川原は雫を抱きしめて頭を撫でてやった。


警察官たちに事情を説明する。

雫の撮影した動画が決め手となって、川原は早々に無罪放免となった。

しかし、熱烈なキスや抱擁以上の御褒美を受け取る雰囲気ではない。


川原は肩を落として雫の部屋を後にした。




それから数日、川原はなにかと警察署に呼び出された。

もちろん事情聴取というもので、川原に否はない。

そして川原の会社でのポジションは、居てもいなくてもいいようなものだったので、警察に気軽に応じていた。


ちょっとしたサボリのようなものである。

しかし庶務課長の態度は一変した。

刃物を持ったストーカーを撃退、逮捕した川原の腕力に怯えたのだ。


さらには営業一課である。

雫の勤める店を一課長が馴染みにしていたのだろう。

川原の力が一気に知れ渡ってしまったのだ。


会社の出世にはまったく影響は無かったのだが、川原の立場が「さん付け」になったのだ。

今では見知らぬ者まで、「川原さん、川原さん」と慕ってくる。

中には酔狂なことに、真月流のレッスンに通う者まで出てきた。


指導の手が足りぬということで、川原も教授に入る。

すると今度は「先生、先生」である。

会社の中でも先生だの師範代だの呼ばれるので、川原としては少々辟易してきた。


ほんの出来心で河岸を変えて飲みに出ただけなのに、会社の中でのヒエラルキーが急上昇してしまった。

ただし、川原に彼女はまだ無い。

そこだけは、変化が無かった。





おわり

後書きが遅れてしまいましたが、今回のエピソードはこれでおしまい。次回更新をおたのしみに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ