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寿さんの雑記帳  作者: 寿
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ふらりと河岸を変えて飲みに出たら会社内のヒエラルキーが上がってしまった件について2

労働者たちはすべて倒れた。

バターのように滑らかな川原の足さばきに翻弄され、回り込まれては撃たれ、回り込まれては撃たれした結果である。

真月流の真骨頂はこの足さばきにあると言えた。


そして他流派からは、「スマートすぎて面白味が無い」と言われた足さばきである。

元々真月流というのはどこまでも滑らかに、脱力こそが極意というような、スカした流派なのである。

最近のレッスン生からは格好いいと絶賛されるスタイルであった。


故に華麗な闘い振りであるから、女の子もほれぼれとしているはずだ。

そのように踏んで、真月流の歩法そのまま、川原は女の子に近づいた。


「ケガは無かったかな、お嬢さん?」


手を差し伸べる。

紳士的に、スマートに。

女の子にモテたいという邪な願望を隠した、偽りの微笑みで。


「佐藤くん、大丈夫っ⁉」


しかし女の子はスルリと川原の手を抜けて、嬲られていた大学生に駆け寄った。

ハンカチを取り出して傷口に宛てがい、危篤の患者に向けるような顔をしていた。


「あらら……」


取ってもらえなかった右手を所在無げに、ニギニギとする。

稽古と称して親父に真月流の技でボコボコにされた経緯を持つ川原の見立てでは、大学生の傷などケガの内には入らないものであったが、女の子はそれでもかいがいしく手当てをしていた。


「……ま、いっか」


それよりも今は警察の御厄介にならないことだ。

川原は人垣の中へ紛れ、その場を立ち去った。

いくら相手が五人掛かりとはいえ、川原は古流の免許皆伝なのだ。


しばらくの間、この街では飲めないなと、川原は思った。

しかしそれ以上に気がかりなのは、スマホで動画撮影をしていた連中だ。

顔入りで動画をアップされては失業どころか逮捕されかねない。


いや、この場合正当防衛は成り立たないだろうか? とも思う。

正当防衛とは自分の生命身体財産を守るだけでなく、他人の生命など、あるいは尊厳などを守るときにも成立したような気がした。

とはいえ次回からは、夜の街で女の子にイイところを見せたいときは、覆面でもしなければならないと感じた。


帰路につく道すがら、川原はスマホで検索して、プロレスショップを探した。

幸いにして二つ戻った街にある。

交差点にたどりつくたび、防犯カメラに警戒しながら駅へと向った。


自宅であるアパートに着くと、川原はスーツとワイシャツを脱ぎ捨ててベッドに寝転がる。

動画サイトで「ガチ」「ブチ切れ」で検索すると川原の動画が現れた。


確認してみると、川原の動きの早さに撮影者がついて来れず、顔がまったく写っていなかった。

そしてバトルシーンには興味の無い撮影者だったのか、女の子に手を伸ばすシーンは撮影されていない。


そしてなにより、女の子を救う川原が撮影されている。

思わずベッドの上でほくそ笑んだ。

これならば労働者連中が警察に訴えようとも、証拠としては川原に部がありそうだ。


何よりありがたいのは、労働者連中が大学生を羽交い締めにして嬲りものにしている場面が写されていることだった。

女の子にはフラれたが、肉体の欲求は満たすことができた夜である。


棚からニッカの安酒を取り出した。

ロックグラスに氷をブチ込んでなみなみと注ぐ。

一人グラスを掲げ、チェリオ! と口走る。


酔っぱらったついでに、プロレスショップで購入したマスクを被ってみる。

後頭部を紐で締めるスタイルだったので、川原の顔にフィットした。

視界も悪くない。


買い物袋には、何故かチャンピオンベルトも入っていた。

そして財布の中身は限りなく乏しい。

とりあえず肩に担いでみる。

すべては酔いがさせる行動だ。


腰に巻いてみた。

これもアルコールの作用だ。

明日は姿見を買って来よう。


そんな考えに至ったのも、すべては酒のせいである。

川原真は幸せな気分で床に就いた。


数日後、川原は在庫チェックのために会社の倉庫にいた。

本日の確認ひまつぶしは、トイレットペーパーの個数確認である。

そこへ社内放送が入る。


「庶務課川原くん、庶務課川原くん。至急庶務課へ」


課長ボスの声だった。

いつもは温和、かつ無能臭い喋り方しかしないのだが、今日はシリアスな声だった。

トイレットペーパーを棚に戻し、庶務課に帰る。

そこにはやたらと日焼けした、上物のスーツを着た男が待っていた。


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