その2
王子さまに恋をしてからというもの、私の毎日は光り輝いていて、見るものすべてが美しく愛しく思えるほどでした。
そして幾度となく、王子さまとのあの急接近と抱擁を繰り返し思い出しては、一人頬を緩めるのでした。
「ほら見なさい、行動に出た方がよかったじゃない」
豪商の娘で同級生のアンリさんは、偶然でさえ自分の手柄のように胸を張りますが、まったくの事実でした。
私としてはアンリさんにも感謝しなければなりません。
「でもアンタ、王子さまはもう侯爵令嬢のレナさまと婚姻の約定をはたされてるのよ? アンタの相手なんかしてくれないのよ?」
「そんなこと、わかってますよーだ! でもでも、恋をする女の子っていうのはね、アンリさん。今が輝いていれば、それでいいんだから♪」
「焚きつけたのはアタシだけど、最後に泣きべそかいても知らないんだから」
「そのときはすっぱりと諦めるしかないじゃない、元々が王子さまになんか近づくことすらできない身分なんですから」
我ながらあっけらかんとしたことを言うものだと感心したものだけど、現実というものはそう簡単なものではありませんでした。
「あぁっ! なんということだ!」
「どうなさいましたの、王子さま!」
「なんということだ、二人とも体育用具室に閉じ込められてしまったぞ!」
「えぇっ! そ、そんなぁ!」
この日は中等部と高等部で合同の体育の授業がありました。
種目は剣技で、中等部の生徒は「上には上がいる」ことを学び、高等部の生徒は「指導する」ことを学ぶものでした。
そして体育の教官というのが、「子供に身分など関係無し」という方針の方でしたので、子爵令嬢だろうと王子さまであろうと、用具の片付けに駆り出すのでした。
その結果、なにをどうしたものか、王子さまと私は二人きり。
この密室に閉じ込められたのです。
鉄の扉を叩いても、どれだけ声を張り詰めても、外から反応はありませんでした。
「あぁ……どうしましょう……」
「心配はいりませんよ。そのうち私たちの不在に気づいて、みんなが駆けつけてくれるでしょう」
王子さまはそのように微笑まれました。
そのお顔が私に向けられたものだと思うだけで、キャロンはもう、あぁっ!
「おいおい、大丈夫かい?」
「すみませんでした、王子さま。またもキャロンはマットにつまづいてしまって、王子さまの胸に飛び込んでしまいました……」
だけど、初めてのときとは違います。
今度は飛び退いたりはいたしません。
なぜなら愛しい王子さまが、私を受け止めてくださっているのですから。
そして王子さまも、私のことを押し退けようとはいたしませんでした。
将来を誓いあった方がいらっしゃるというのに……。
ですがキャロンもまた、力強い胸板に、逞しい腕に包まれることに酔いしれております。
そしてはしたないことではありますが。
「王子……さま……」
まぶたを閉じて、捧げるかのように唇を……。
すると王子さまの指が私の髪を梳いてくださって……。
「ガチャッ、おう開いた開いた。王子もいるじゃないかって、ア〜〜ッ!」
無粋な声に現実へと引き戻され、私は未練を残したまま王子さまの胸から飛び退いたのです。
ですが、教室へ帰るまでの間も、ずっと夢見心地。
本当にフワフワとしていて、本当に空へと飛び立ちそうな。
しあわせな気分につつまれて。
教室の窓から、外を眺めていると……。
本当に飛び立ってしまって……。




