コント『異世界から転生』その20
それから一週間。
あれだけ僕の周りで騒いでいた前世の記憶というやつは、フッツリと音を消し平穏な日常が戻ってきた。
「おはよ、麻実也」
「あぁ、おはよう深雪」
僕はというと深雪とのたどたどしい交際がはじまり、毎朝一緒に登校するようになった。
もしかしたらこの先、またまた決断を迫られるような場面に出くわすかもしれない。
実を言うならば、僕はまだ深雪の手すら握っていないのだ。
いまさらそういうのも気恥ずかしいというか、男女交際などと改まると、僕たちはあまりにも距離が近すぎたのだ。
「明日は日曜日だね」
深雪が言う。
「あぁ、大通りでイベントがあるみたいだね」
うっかり答えたけれど、これは一緒に出かけようというお誘いだったのか?
それなら、受けて立たなければ。
いや、むしろ僕から誘ったような形にしなくては。
「出かけてみるかい? 冷やかし程度に」
「そうだね、出かけてみよっか。冷やかし程度に」
なにか特別な刺激がある訳じゃない。
毎年の恒例行事なので、子供の頃に散々出かけ尽くしたイベントだ。
だけど、彼氏彼女の関係となった深雪と出かけるのは初めてである。
「あれ? 麻実也……あれ……」
話題と関係なく、深雪が指差した。
遠くに大きな背中が見える。
柔道部員、ジャイアント槇原くんだ。
そしてそのとなりで並んで歩くのは……姫乃木さん?
でかい槇原くんは姫乃木さんを見下ろすように、姫乃木さんはでかい槇原くんを見上げるようにして、他人が入り込めないような視線を交わし合い歩いていた。
「つまりこれってさ、麻実也?」
「どう見ても恋人同士のようですなぁ」
「なんだか槇原くん、照れくさそうな感じに見えるんだけど」
「女子が考える以上に、男子はウブなんだよ」
「麻実也は全然照れないね?」
「深雪と並んで歩くのは馴れてるからね」
「新鮮味が無いなぁ」
コンビニの前を通りかかると、店の前でセバスチャン田中が掃除しているのを見かけた。
「あちらはあちらで、商いの修行中か」
みんながんばっている。
前世の記憶を背負いながら、今生の日々を送っているのだ。
それぞれに相応しい未来を目指して。
「アタシたちもがんばらないとね」
深雪が手を握ってきた。
急に気恥ずかしさがこみ上げてくる。
「お、麻実也。その表情いいね♪ 新鮮だよ?」
そう言ってからかう深雪も、頬が赤い。
僕から手を握り返してやると、深雪はうつむいてしまった。
「深雪だって新鮮じゃないか、そのリアクション」
「うっさいなぁ、バカ」
もうじき梅雨に入って、それが抜ければ夏空。
入道雲を見上げる頃に僕たちは、どんな僕たちになっているのか。
それを思うだけで、若さが全身に満ちてくる。
今はまだ送春。
怒涛のような季節には、まだ早い。




